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(3)

「うちのお父さんとお母さん、なんだかケンカばっかりしてるの」

「うちもよくケンカしてる」

「うちもだよ」

「だから家にいるのイヤなの。お外で遊んでるほうがいいもん」


 子どもが自分の家に居たくないって、そんな。

 これって絶対に良くない兆候だわ。ひょっとしてこれが人間の滅亡の兆しなんじゃないの?

 ヴァニスはこの状態を把握しているのかしら?


「せっかくせいれいが新しくしてくれた、ピカピカの家なんだけどな~」

「でもうちのお母さん、ここが気に入らないあそこがダメだって文句ばっかり言ってる」

「うちも。となりの家の方がいい家になったって怒ってるよ」

「やっぱり家にいたくないよね」

「お腹すいたら、せいれいにめいれいすればいいんだもんね」

「ねーーっ」


 屈託無く笑い合う子ども達の笑顔を見て、あたしは軽い寒気を覚えた。


「どうなってるの? これで今まで何も国民に混乱は生じていないの?」


 隣に立っている護衛の兵士に聞くと、兵士は困惑したように返答する。


「さぁ? わたくしは管轄外ですので」

「でも人間が働かなくなってるんでしょう? 問題が生じているはずよ?」

「さあ? でもそうなったら」

「なったら?」

「担当者が処理すると思いますが?」


 だから!

 その担当者はちゃんと働いているのか?って聞いてるのに!


「ヴァニスは最近城下を視察してるの?」

「いいえ。なにやら非常にお忙しいらしくて最近はまったく」


 見ていないんだ。この現状を。

 下から報告は上がってこないんだろうか?

 そういえば、あたしもあれから全然ヴァニスに会っていない。

 忙しいって何がそんなに忙しいのよ。

 町で誰も働いていないってのに、上だけ忙しくなるもんなの?


 とにかくヴァニスに緊急に会わないと。

 知らないなら急いで知らせなきゃならない。

 放置しておいていい状況とは思えないわ。


「ノームごめん。長に会うのは後にするわ。城に帰りましょう」


 不安そうな表情で頷くノームと共に、あたしは大急ぎで馬車を走らせ城に戻った。

 ところが逸る気持ちを抱えてヴァニスに会おうとするあたしの前に、障害物が立ちはだかった。


「お帰りなさいませ。雫様」


 城の入り口の真正面でロッテンマイヤーさんが、慇懃に腰をかがめ待ち構えるようにあたしを出迎えた。

 全身から漂う威圧的オーラに、思わずウッと身構えてしまう。

 そしてその隣に、ちょびヒゲを生やした偉そうな貴族のおじさんが笑顔で立っていた。


 だ、だれだっけ? この偉そうなおじさん。

 そういやお見舞いラッシュを受けた時に、やたら頻繁に来てたわよね。

 名前なんてろくすっぽ覚えてないけど、このちょびヒゲは記憶に残ってる。

 身なりから推測するにかなり位の高い貴族っぽい。


「た、ただいま戻りました。あの、侍女長さん」

「何用でございましょう?」

「ヴァニス王にお会いしたいんですけど、許可を頂けますか?」

「王に、でございますか?」

「いやあハッハッハッ! 雫様は寂しくなられてしまいましたかなあ!?」


 いきなり横から貴族のおじさんが話に割り込んできた。


「無理も無い。最近国王陛は執務に非常にお忙しいですからなあ!」

「は、はぁ」

「さぞお寂しいでしょう!? いや、仲睦まじくて非常に結構です!」

「はぁ、あの、それでですね」

「しかしですな! 王たるもの執務が最優先!」


 おじさんがキリッ!と表情を引き締める。

 そして自分の襟をピシッと音を立てて手で正した。


「いかに愛しい御婦人でも、執務を終えるまで会うわけには参りません! それが王たるものの矜持ですからな!」


 ……なんであんたがそこで威張るのよ?

 そもそも誰よあんた。


「でも、とても重要な用件なんです」

「ですから御婦人との逢瀬は、執務を終えてからでございますぞ」

「いえ、個人的な事情ではありません。国政に関わる事です」

「ワハハ! それはもちろん王と雫様のご関係は、国に関わる慶事ですからなあ!」


 だから、別に色恋でヴァニスに会いたいわけじゃないって言ってるのに!

 なにニヤニヤしてんのよあんたは!

 これだからあたし、ヒゲ男はダメなのよ!

 しかもちょびヒゲだし、もう最悪のパターン!


「城下町の規律が乱れているようなんです。いま確認してきました」

「ほう? 城下町が?」

「このままでは城の方まで乱れが影響します。すぐ王にご報告をしなければ」

「末端の事で、王の手を煩わせるわけにはまいりませんな。それぞれ管轄がございますから」

「いやだから、その末端が……」

「ご多忙な王の執務の量を、これ以上増やして王が過労で倒れられては一大事!」


 ちょびヒゲがまた襟をピシィッ!と正す。

「この国でたった一人の大切な王ですからなあ!」

 そしてフンッと胸を張った。


 だから! なんであんたがそこで威張るのよ!?

 それにピシピシうるさいわよさっきから!


「お手間はとらせません。ほんの少々お時間を頂ければいいんです」

「いやいや! 城下の問題は管轄の役人に任せませんとな! 系統が乱れては行政に逆効果です! 決まりごとは粛々と守らねばなりません!」


 あくまでちょびヒゲは謁見を許可してくれない。

 なんなのよこのちょびンは。さっきからニヤニヤ笑って、のらりくらりとまるで話しにならない。

 あたしがヴァニスに会うのを邪魔したいんじゃないかと勘ぐってしまう。


「城下の事はこの私が、管轄の者に進言しておきましょう! 雫様が煩う事ではございませんから!」

「でも」

「雫様にはご自分のお役目の事だけを考えていただかなければ!」

「自分の役目?」

「もちろん執務に疲れた王の御身体と御心を癒して差し上げる事です!」

 ちょびンは口元に手を当て、わざとらしく小声になった。


「土壇場になってまた呼び鈴を鳴らされては、王がお気の毒ですからなぁ」


 あたしは思わず羞恥に頬を染めた。

 それを見たちょびンが身を反らして大声で笑い出す。


「いやいやいや! これはいらぬ心配というものでしたかな!? うわあっはっは!」


 あたしはギリッと睨みつけてやった。

 どうも態度が胡散臭いわこのオヤジ。腹に一物あるタヌキオヤジの臭いがプンプンする。

 こんなの相手にしていられない。強行突破してやる。


「だったら、やはりぜひとも王に謁見してお慰めしなければ」

 そう言っておざなりに一礼し、あたしはサッサとエロちょびンの横を通り抜けた。


「あ、いや、雫様!」

ちょびンは慌てたけど、あたしは無視して先に進む。


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