(2)
しばらくして「護衛付きの馬車で、短時間なら」という条件付きでOKがでた。
あたしはノームと一緒に、いそいそと部屋を出て外へ向かう。
そして例の双頭の妖怪馬の馬車に揺られ、城下町へ向かった。
馬車の中で、ノームといつもの押し問答を交わしながら。
「ノーム、そろそろ砂漠へ行く気になった?」
「ならないです」
「じゃあせめて、土の精霊の仲間の所へ行きましょうよ」
「それもいやです。わたしはしずくさんと一緒にいます。しずくさんが砂漠へもどるなら、わたしも一緒に行きますけど」
「それは無理よ」
今さらそんな、のこのこ砂漠へ戻れないわ。
そもそも砂漠への帰り方も知らないし。
あの砂漠は激烈に過酷な場所だから、無事に神殿まで辿り着ける保証も無い。
砂漠に足を踏み入れた途端、番人の『はにわくん』に襲われたらひとたまりもないし。
ほんと、容赦なく人間に攻撃してくるもんねぇ、あのはにわくん。
「モネグロスは、できるだけ人間と距離をおくようにしてましたから」
「どうして? モネグロスは人間を寵愛してたでしょ?」
「だからです」
砂漠の環境は苛酷。人間が生活するには不向き。
つまり、それだけ人間との接触が少ない。
だから人間は砂漠の神であるモネグロスに対して、祈願する事柄も無い。
祈願されなければ人身御供を受け取る事もない。
「だからモネグロスは、わざと砂漠に人間をちかづけないようにしてたんです」
「そうだったの」
「ほんとうに優しい神ですから」
そうね。優しくて純粋な神様よね。
そうか、他の神と比べてまだ人間との接点が少なかったからこそ、今まで消滅を免れていたんだ。
モネグロスは人間の命を奪っていなかったんだわ。
ヘタレで頼りない、神とはとても思えないモネグロスだけど、あたしに向けられるあの笑顔は翳りの無い真っ正直な笑顔だったんだわ。
それが分かってやっぱり嬉しくて、救われる思いがした。そして。
……ジン、今ごろどうしている?
銀の髪と銀の瞳を思い浮かべる。
どうしても、考えないようにしても無意識に思ってしまう。
考えるたびに物悲しい苦しみに襲われるのに、彼を思う気持ちは止められない。
思っても、もうどうしようもない事なのに。
今どうしているだろう? 何をしているだろう? 何を考えているだろう?
あたしの事、たまには思ってくれているだろうか。
「雫様、城下のどちらへ向かいますか?」
「え? あ、あぁ、えぇと」
護衛の兵士に話しかけられてあたしは我にかえった。
ノームが精霊の長の気配を探り始める。
「ノームどう? 見つかった?」
「いいえ」
「ここに居るはずじゃなかった?」
「はい。城には気配が無かったので。でもどうやら行き違いになっちゃったみたいです」
行き違いかぁ~。うまくタイミングが合わないわね。
どうもまだツキは回ってきてないって事かしら。なんだか落ち込みそう。
暗い溜め息をついて町を見回しながら、ふと妙な違和感を感じてあたしは首を傾げた。
なんだろう? 何かが違う。
以前来た時とは何かが違っている気がする。
ジン達に破壊された町並みはすっかり元通りになっている。
道を往来する人達の姿も元気そうだし。
なのになぜか、何か、以前よりも、こう……。
あたしはその場で馬車を降りて、もどかしく周囲を見渡した。
うーん、やっぱり違う。
言葉でうまく表現できない、引っ掛かりみたいな感覚を覚える。
あたしの胸元から顔を覗かせたノームも、不思議そうにキョロキョロしていた。
「しずくさん、なんだか静かですねぇ?」
おぉ、そうだそれだわ! 町中に活気が無いんだ! 全然!
改めて見渡すと、店が全然開かれていない。
食料品店も衣料品店も、他の店も何もかも、一軒も開いている店がない。
あたしは護衛の兵士に聞いてみた。
「今日って休息日か何かの日なの?」
「いいえ、そのような事はありません」
「じゃ、何でこんなに静かなの?」
「あっ!? しずくさまだあっ!!」
明るい声が聞こえて来た。
見ると、町の襲撃の時に花束をくれた女の子がこちらに駆け寄ってくる。
友達らしい女の子や男の子も一緒だ。
立ちはだかろうとした兵士を押さえて、あたしは子どもたちを笑顔で迎えた。
「こんにちは。元気だった? この前はお花をありがとうね。ところで、ちょっと教えて欲しいんだけど」
「なぁに?」
「今日はお店がお休みの日なの?」
「今日だけじゃないよ。きのうも、その前も、ずっとだよ」
「どうして?」
「もう、しなくてもいいんだって」
「? なにを?」
「おしごと。もう、しごとしなくてもいいんだってみんな言ってるよ」
仕事をしなくていい? なんで?
目をパチパチさせているあたしの表情を見ながら、子どもたちは説明してくれた。
「おしごとしなくても、ごはんが食べられるからいいんだって」
「うちも同じこと言ってたよ~」
「うちも。せいれいがいるから、しごとしなくていいんだってさ」
あぁそうか、そういう事か。
今まで人間達は食べる為に、生活する為に仕事をしてきた。
でもその生活が一変した。
仕事をしなくても、精霊への命令ひとつで肉や魚や野菜、必要品も何もかも全部手に入るんだ。
働かなくても不自由無く暮らしていける状態だから、国民は働く必要がなくなってしまった。
「あ、でも、学校はないの? お勉強は?」
「せんせい達、学校にこないもん」
「来てたせんせいもいたけど、どんどん減って、もうだれもこないよ」
学校まで運営されなくなっちゃったの?
それってさすがにちょっと、良い事とは言えないと思うんだけど。
子どもの教育に携わる人間が、「仕事しなくても食べられるから」って理由で職務放棄するのは。
学校がそんな状態じゃ、役所関係とかどうなってるのかしら?
城内の主な業務にトラブルは見受けられなかったけど。
でも、城から離れた末端の役人たちは?
その職員が全員職務放棄しちゃったら、社会生活はどうなるの?
どうも嫌な感じがする。
これって確実に人間の良くない側面が出てきてるわよね?
今まで苦労してきた分、楽な方法を知ると一気にそっちに傾く。
それは人間に限った事じゃない。生き物全部がそうだわ。
ただ自然界で環境が変化するには、膨大な時間がかかる。
でもそれを今回人間は、一足飛びに手に入れてしまった。
順応してうまく対応し、社会システムが変化できるだけの時間が無かったんだ。