表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
121/182

(16)

 ギュウッと苦しいほどに風に抱きしめられ、あまりの強さに息が止まる。


 ―― ザアァァ・・・!


 風鳴り。庭の草木が踊るように身を揺らし、葉を散らす。

 そしてジン達の姿は忽然と消え去った。


 もうなにも感じない。

 あたしを苦しいほどに抱きしめた風。

 ほとばしる叫びのようにすすり泣く風。

 美しい銀色の髪も目も。見続けていた背中も。


 消えてしまった。失ってしまった。

 なにも、かも。


 何かが抜け落ちたかのような夜の闇に、ぽつんと包まれる。

 呆けたようにしばし夜空を見上げ、風の気配を探した。

 無い。なにも無い、どこにも。


 あたしはガクリとその場に崩れ落ちた。

 何事も無かったかのように、当たり前に虫たちが鳴き始める。

 本当に、何事も無かったかのように。


「う……」


 何事も。


「う……うぅぅ……」


 何事も……。


「うわあぁぁぁ!!」


 何事も無いわけが、ないでしょう!!?


「ジン! ジン! 行かないでーー!」


 言えなかった本音。押さえ続けた言葉。


「ひどいわ! なんであたしを置いていくのよ!? お願いだからそばに居てーー!!」


 ずっと胸が裂けそうなほどに飛び出しそうな言葉だった。

 婚約破棄された彼には、思うさま浴びせ続ける事ができた本音。

 でも今度は言えなかった。死ぬ思いで耐え切った。

 耐えるべき言葉だと理解できたから。


「ジン! ジン! ジン!」

 両の拳で地面を思い切り叩き付ける。

「戻ってきてよーーー!!」


 届かない事を知りながら、いいえ、知っているからこそ叫び続ける。

 言えなかった本音を。愛しているからこそ言わなかった本音を。

 それでもいい。それでいい。だってあたしはちゃんと伝えた。

 一番伝えなければならない言葉だけは、伝えた。


 ジン。あたしあなたを愛してる。


 間違いなく伝わった。あなたに。

 それで良かったんだと、納得するしかない。

 滅び行く人間の元へ戻る事を選んだあたしは、納得するしかないんだ。

 自分の望む事の代償を払わねばならないんだ。

 選んだ事に、自分自身に言い訳はできないのだから。


 地面に崩れ、ヒィヒィと子どものように泣き続けるあたしは、人の気配を感じた。

 そしてグシャグシャの顔を上げた先に……。


「ヴァ、ニス?」


 夜の闇に紛れるように、黒い衣装のヴァニスが立っていた。

 労わるような、哀れむような表情で彼はあたしに問いかける。

「終わったのか?」


 その言葉は重く重く、あたしの胸に突き刺さった。


「終わったなら、それでいい。余はお前を迎えに来たのだ」


 ヴァニスはゆっくりと近づいてくる。

 そしてあたしの目の前で立ち止まり、両手を差し伸べた。

 崩れ落ちたあたしの体を立ち上がらせ、力強く抱きしめる。


「ヴァニス、どう、して?」

「精霊の長が余に知らせたのだ。あの精霊達が庭に来ていると」

「知ってた、の?」


 体にまったく力が入らない。

 全身が弛緩してしまって、カクンとヴァニスの胸に身を預ける。

 ぼうっとした頭。そして目。


 あぁ、なんだか、もう、疲れてしまった。

 ジンは砂漠へ帰ってしまった。ここは人間の居るべき場所だから。

 だから、この庭にはあたしとヴァニスふたりきり。

 いずれ滅び行くさだめである、人間の。


「長が言っていた。雫はどこへも行かぬと。だから決別の為の時間を与えた。余とてそれぐらいの情けはある」


 なさけ。


 その言葉は虚しく響く。

 なんの情けだと言うのか。

 精霊は、ジンは、人間を何とも思っていないのに。


「しょせん……」

「なんだ?」

「しょせん人間、と言われてしまったの」


 苦しい思いが甦り、胸を締め付ける。

 その痛みに反応するように涙が頬を伝った。


「そう、我らは人間だ。そして彼らは、しょせん精霊なのだ」


 ぎゅううと全身が痛みに締め付けられる。

 虚しくて虚しくて、切なくて悲しくて、あたしはむせび泣いた。

 ヴァニスはあたしの髪を撫でていた。

 いつまでも泣き続けるあたしを飽きることなく抱きしめている。


 しょせん人間。

 しょせん精霊。


 あぁ。あたしの今までの願いと旅が終わった。

 『しょせん』のひと言で、あっけなく終わってしまった。

 ごめんなさいヴァニス。どうかもう少しだけ時間をちょうだい。

 いずれ、城へ行くから。あたしはそれを選んだんだから。

 だからまだ、まだ少しだけ泣かせて。

 どうせもう、全ては終わってしまったんだから。


 泣き続けるあたしの体に風が吹く。

 でもこれはジンの風じゃない。

 彼はもういない。いないんだ。


 あたしはヴァニスの胸で泣き続けていた。

 この先の、分かりきってしまった自分の運命を思いながら。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ