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 フラフラとよろけ、なんとか踏みとどまる。

 まるで地震のように眩暈がする。

 焦点の定まりきらない目でジンの姿を見た。

 衝撃に霞む目に映るジンは、やっぱり悲しそうで。

 そして、もう完全に諦めていた。

 霞んだ目にも歴然とそれが見てとれた。


 あぁ、初めて会った時の目をしている。

 砂漠で出会ったあの時の、あたしを「ただの人間」と蔑んでいた、あの時と同じ目を。


 あたしは、ふるふると頭を振った。

 とにかく否定したかった。

 何をどう言って、どうすればどれを否定できるのか、全然考えが回らないけれど。

 とにかく否定したかった。


 嫌よ、違うの。

 違うのよ。間違ってないの。

 とにかく嫌なの。嫌なのよ。


「嫌よ。だってあたし」

「……」

「だってあたし、あなたを愛してる」

「……」

「愛してるわ、ジン。これは間違いなく事実で真実なのよ」


 それは、ジンに伝えようと決意していた言葉。

 再会できたら、きっと告げようと思っていた感情。

 あたし、あなたを愛してる。

 これは、この言葉だけは。

 この無情な犠牲と不可能が満ちたこの世界で、ただ、この言葉だけが一筋の道行く先の光のように……。


「自分の居るべき場所へ戻れ。人間」


 そう言い捨てて、ジンはクルリと背を向けた。

 あたしの両目から、滂沱のごとく涙が流れ落ちた。


「ま、待ってよ! ジン!」

「待ってどうなる?」


 振り返りもせず返された言葉に、あたしの足が竦んだ。


「待ってどうなる? お前はどうするつもりなんだ?」


 背中を向けたままのジンに縋るように伸べられたあたしの腕が、心細く宙を抱いた。


 待って、どうなる?

 あたしはどうするの?


 はい分かりました言う通りにします。

 城には戻りません今すぐ砂漠に直行です。

 人間の事はいいですこのまま無視します。

 さぁ急いで砂漠に行きましょう。

 そしてジンと仲良く砂漠で末永く幸せに暮らしましたとさ。

 めでたしめでたし。


 ……正直、そうしたい。

 このままでは人間の滅亡はほぼ確定だ。

 その人間の元へ戻ったら、あたしも運命を共にする事になる。

 変えられる自信は全く無い。滅びたくない。滅びるのは怖い。助かりたい。


 それにジンの事を諦めたくない。

 ジンの側にいたい。ジンに愛されたい。

 彼の愛を手に入れて、ふたりで幸せになりたい。


 でもあたしは、彼の背に向かって伸ばした腕を静かに下ろした。


 無理だ。できないそんな事。

 ジンと砂漠へ行っても、あたしは決して幸せにはなれない。

 それどころか罪の意識を一生背負い続ける事になる。

 後悔するのは分かりきっている。いつの日かジンを責めてしまうかもしれない。

 そしていずれ重みに耐え切れず潰される。必ず。


 ジンにあたしへの協力を強要する事もできない。

 いくらなんでも都合良過ぎる。

 そんな、あまりにも彼の感情をないがしろにする行為はできない。


 あたしは手をギュッと握り締めた。

 爪が食い込むほど強く、強く。

 絶望と終焉と、諦めの空気の中では、物事はもうどうにもならない。

 それをあたしはよく知っている。思い知っている。


 どんなに泣いても喚いても、脅しても叫んでも。

 事態は引っくり返りはしないんだ。

 大岩のようにあたしを押し潰し、苦しみ続けるだけなんだ。

 この先なにひとつ、あたしの希望は叶えられる事はないのよ。


 唇を噛み締めた。

 涙が次々と頬を流れて顎から落ちていく。

 グズグズと鼻を啜る音だけが、だらしなく響いた。


 好きなのに。ジンの事を愛しているのに。

 あたしは、行けない。一緒には行けない。

 その事をジンは誰よりもよく理解している。


 ジンは分かってくれないわけじゃなかった。

 分かりすぎるくらい分かっているんだ。だからこそ受け入れられなかった。

 そう、誰が悪いわけでもない。

 これは、これこそが、「しかたがない」ことなのね。


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