(14)
フラフラとよろけ、なんとか踏みとどまる。
まるで地震のように眩暈がする。
焦点の定まりきらない目でジンの姿を見た。
衝撃に霞む目に映るジンは、やっぱり悲しそうで。
そして、もう完全に諦めていた。
霞んだ目にも歴然とそれが見てとれた。
あぁ、初めて会った時の目をしている。
砂漠で出会ったあの時の、あたしを「ただの人間」と蔑んでいた、あの時と同じ目を。
あたしは、ふるふると頭を振った。
とにかく否定したかった。
何をどう言って、どうすればどれを否定できるのか、全然考えが回らないけれど。
とにかく否定したかった。
嫌よ、違うの。
違うのよ。間違ってないの。
とにかく嫌なの。嫌なのよ。
「嫌よ。だってあたし」
「……」
「だってあたし、あなたを愛してる」
「……」
「愛してるわ、ジン。これは間違いなく事実で真実なのよ」
それは、ジンに伝えようと決意していた言葉。
再会できたら、きっと告げようと思っていた感情。
あたし、あなたを愛してる。
これは、この言葉だけは。
この無情な犠牲と不可能が満ちたこの世界で、ただ、この言葉だけが一筋の道行く先の光のように……。
「自分の居るべき場所へ戻れ。人間」
そう言い捨てて、ジンはクルリと背を向けた。
あたしの両目から、滂沱のごとく涙が流れ落ちた。
「ま、待ってよ! ジン!」
「待ってどうなる?」
振り返りもせず返された言葉に、あたしの足が竦んだ。
「待ってどうなる? お前はどうするつもりなんだ?」
背中を向けたままのジンに縋るように伸べられたあたしの腕が、心細く宙を抱いた。
待って、どうなる?
あたしはどうするの?
はい分かりました言う通りにします。
城には戻りません今すぐ砂漠に直行です。
人間の事はいいですこのまま無視します。
さぁ急いで砂漠に行きましょう。
そしてジンと仲良く砂漠で末永く幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
……正直、そうしたい。
このままでは人間の滅亡はほぼ確定だ。
その人間の元へ戻ったら、あたしも運命を共にする事になる。
変えられる自信は全く無い。滅びたくない。滅びるのは怖い。助かりたい。
それにジンの事を諦めたくない。
ジンの側にいたい。ジンに愛されたい。
彼の愛を手に入れて、ふたりで幸せになりたい。
でもあたしは、彼の背に向かって伸ばした腕を静かに下ろした。
無理だ。できないそんな事。
ジンと砂漠へ行っても、あたしは決して幸せにはなれない。
それどころか罪の意識を一生背負い続ける事になる。
後悔するのは分かりきっている。いつの日かジンを責めてしまうかもしれない。
そしていずれ重みに耐え切れず潰される。必ず。
ジンにあたしへの協力を強要する事もできない。
いくらなんでも都合良過ぎる。
そんな、あまりにも彼の感情をないがしろにする行為はできない。
あたしは手をギュッと握り締めた。
爪が食い込むほど強く、強く。
絶望と終焉と、諦めの空気の中では、物事はもうどうにもならない。
それをあたしはよく知っている。思い知っている。
どんなに泣いても喚いても、脅しても叫んでも。
事態は引っくり返りはしないんだ。
大岩のようにあたしを押し潰し、苦しみ続けるだけなんだ。
この先なにひとつ、あたしの希望は叶えられる事はないのよ。
唇を噛み締めた。
涙が次々と頬を流れて顎から落ちていく。
グズグズと鼻を啜る音だけが、だらしなく響いた。
好きなのに。ジンの事を愛しているのに。
あたしは、行けない。一緒には行けない。
その事をジンは誰よりもよく理解している。
ジンは分かってくれないわけじゃなかった。
分かりすぎるくらい分かっているんだ。だからこそ受け入れられなかった。
そう、誰が悪いわけでもない。
これは、これこそが、「しかたがない」ことなのね。