表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/182

(13)

「あたしは城に戻るわ」

「ダメだと言ってるだろう!? 聞こえないのか!?」

「戻るって決めたのよ!」

「お前はオレ達と砂漠へ行かないつもりなのか!?」

「話が済んだら帰ってくるって言ったじゃないの!」

「帰ってこれるわけないだろう!?」

「決め付けないで! あたしの事を決め付けないでよ!」


 あたしは掴まれている手を思いっきりブンブン振った。


 こんなにもこんなにも大事な事なのよ!?

 だから自分で決めさせてよ! 誰かに決め付けられた決断じゃなく、自分で決断させて!

 それはあたしだけじゃなく、人間にも必要な事なの!

 当然でしょう!? 当たり前な権利でしょう!?

 あたし別にムチャクチャな要求してないわよね!?

 こんなに一所懸命説明してるのに、どうしてあたしの気持ちを分かってくれないの!?


 「雫、お前……」

 あたしの手首を掴むジンの力が急に弱まった。


「ここまで言っても、お前は人間の元へ戻ると言うんだな」

「だからちゃんと帰ってくるってば!」

「ここまで、こんなにまで言葉を尽くしても……」

「……ジン?」

「お前はオレの、オレ達精霊の気持ちを分かってくれないんだな」


『こんなに懸命に説明しても、分かってくれない』

 それは、あたしが考えていた事とまったく同じ。

 まるでやまびこの様に同じ言葉が跳ね返ってきて、あたしはうろたえた。

 そしてジンの手が、スルリとあたしの手を放した。

 今まであんなに強く握り締めていた手を放され、急速にあたしの心は不安を感じる。


「もういい。分かった。もう何も言わない。お前の望むとおりにすればいい」


 静かな声が、あたしの戸惑いと不安をさらに増殖させる。

 その言葉は嬉しい言葉のはずだった。

 なのにまるで突き放されたようで、あたしはどうすればいいのか分からなくなる。

 離されてしまった手首の不確かさ。

 ジンの声の静かさ。

 悲しい、でもどこか割り切った諦めのような彼の表情が、とめどなくあたしを不安にさせていく。


「お前の言う通り、オレはお前を決め付けていたよ」

「あ、あれは、その、言葉の勢いというか」


 あたしはしどろもどろに弁解した。

 なんとかこの場を取り繕いたい。この妙に冷えた気持ちの悪い空気を。

 イフリートもモネグロスもノームも、息を呑んだようにこちらの様子を気にかけている。

 みんな感じているんだ。この不安な気持ち悪さを。


「オレは勝手に決め付けていた。お前は、お前だけは」

「……」

「雫だけは、特別な人間だと」

「!」

「そう勝手に信じていた。信じていたんだ」


『オレにとってお前だけが特別な人間。失いたくない』

 それは、ジンがあたしに捧げてくれた言葉。

 あたしにとって、最も意味ある言葉だ。

 それを、それを、あなたは否定するの?

 あたしはまた、否定されてしまうの?


 勘違いだった。

 間違いだった。

 特別な存在である運命の相手を、間違えてしまっていた。

 彼にあの娘との関係を、別れ話を切り出された時の残酷な記憶が甦る。

 あの時と同じ空気が、ここに流れている。

 空間を切り裂いてしまいたいほどの、嫌な嫌な嫌な気持ち悪い空気が。


 心臓がどくんどくんと音をたてた。

 指一本動かしてもいないのに、まるで激しい運動でもしているように。

 暑くもないのに手には汗がじっとりと浮かぶ。


「雫だけはオレ達精霊の味方だと思っていた。この非道さを理解してくれる、唯一の人間だと。だから出会えて嬉しかった。この出会いは重要な意味があると信じた」

「……」

「勝手に信じ込んでしまったんだ。雫はオレ達の仲間で、雫もオレ達を仲間だと思ってくれていると」


 仲間よ! そう思っているし、そう信じている!


 心の中で強く叫んだ。

 唇が貼り付いたように動いてくれなかったから。

 まるで縫い付けられたように、まったく動いてくれなかったから。

 代わりにあたしは目で精一杯訴える。


 あたし達は仲間よジン!

 そしてあなただけが、あたしにとって特別な精霊!

 間違いじゃない! 勘違いじゃない!

 それは絶対に絶対に間違いなんかじゃないわよ!

 今度こそは、そう信じさせてよぉ!


「お前が悪いんじゃない。誰が悪いんでもない。ただ」


 ……嫌。

 何も言わないで。もう何も聞きたくない。

 もう嫌。もう二度とあんな思いをするのは嫌。

 嫌よ、嫌、嫌、嫌。


 あたしはひと言も話せず、呼吸だけが激しく鳴って、胸は大きく上下する。

 頬の筋肉が攣りそうになるほど、強く強く目で訴えた。

 言わないで。言わないで。

 お願いだからもうそれ以上何も。


「ただお前は、しょせん人間なんだよ雫」


 言葉の刃が全力で心臓に突き刺さった。

 心臓から電流が流れるように全身を痛みが駆け巡った。


 しょせん人間。


 それは、それはある意味あたしにとって、何より惨い言葉だった。

 今までのあたしの思い、願い、感情、行動、全て。

 あたしの存在全てを、たったひと言で否定するのと同じ言葉だった。


「お前はしょせん人間なんだ。その事実と真実を変える事は不可能だったんだよ」


 ジンは休みなくあたしに向かって言葉を発し続ける。

 彼の言葉は、まるで嵐のようにあたしの心を苛んだ。

 なんなんだろう? この、耳に飛び込んでくる言葉達は。

 猛烈に、どうしようもなく終焉と絶望を臭わせるこの言葉達は。

 ねぇジン、よく分からないよ。怖いよ。

 やめて。この風を、言葉の嵐を、どうか止めて。


「不可能だ。だから、これがオレ達の今生の別れだ。雫」


 ……。


 パカリと、あたしの口が開いた。

 でも、何も言えなかった。

 ただ息を吸って、無意味に吐いた。


「さらばだ雫。お前はお前の言う通り自分で選んだ。人間の側を」


 わずかにノドが、声とも言えない音を出した。

 そして目の前が真っ白になり、ほんの一瞬、気を失った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ