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 あの時。

 婚約破棄のショックで寝込んで、会社にも行けなかった日々。

 あの娘からの手紙が届いた。

 手紙の中であの娘は、あたしに繰り返し謝罪していた。


 自分にもどうしようもできない事だったと。

 決して悪気があったわけではなくて。

 彼に惹かれてしまう事も、彼が自分を愛してしまった事も、抗うことの出来ない流れのようだったと。

 でも結果的にあたしを傷付けてしまった事を、申し訳なく思っていると。


 どうか一日も早く元気になって欲しい。

 立ち直って欲しい。

 あなたの事がとても気掛かりだ。

 彼とふたりで、いつもあなたの事ばかり話している。


 あなたが立ち直る為なら、彼とふたりで何でもするつもりだ。

 だから元気になって欲しい。

 どうかお大事に。


 ……手紙を持つ手が、震えた。

 怒りで頭は真っ白になり、目の前は真っ暗になった。

 ビリビリに便箋を引き裂き、床に叩きつけて踏みにじった。


 涙はとめどなく流れ、口からは奇声のような悲鳴を発する。

 泣き叫び続け、髪を両手で抜けるほどに強く掻き毟った。


 憎い。憎い。憎い。

 よくも、よくもよくもよくも。

 よくもこんな手紙が書けたものだ!

 あんた達からの謝罪など誰が受けるか!


 抗う事ができなかった? どうしようもできなかった?

 決して悪気はなかった?

 申し訳なく思っているから、早く元気になれ?

 どのツラ下げて言えるのよ! あんた達、正気なの!?


 怒りのあまり激しい頭痛に襲われて倒れ込んだ。

 吐き気がしてノドが鳴った。


 あんな、あんな惨い事をしておきながらどうしようもない?

 しかたなかった?

 そして取ってつけたように、申し訳ない? 悪気はなかったんだら許せって?


 ……誰が許すか!!!


 取り返しのつかない事をしておきながら、今さら謝るな!

 許しなど請うな!

 あんた達は絶対に許されないんだ! 

 何があろうと永遠に許されることはない!

 こんな事が許されるなんて非道が、まかり通って良いはずがない!


 あたしが立ち直ったら、あんた達の罪が減る。

 あんた達がその分幸せになってしまう。

 そうはいくか! 誰が救ってなどやるものか!


 不幸になればいい。

 全力で、どんな手を使ってでも不幸にしてやる。

 だってあんた達は不幸になるべきなんだから。

 非道な罪を犯したものは、それに相応しい制裁を受けるべきなんだ!

 そして被害者であるあたしには制裁を下す権利がある!

 胸を張ってそう断言できる!


 憎んでも憎んでも憎んでも飽き足らない。

 救ってなどやらない。

 どこまでもどこまでも、不幸に引きずり込んでやる。死ぬまで。


 そう。いっそ死ねばいい。

 あんた達みたいな罪悪、生きていても社会の迷惑になるだけだ。

 世界のために、揃って死ね。

 罪にまみれ、不幸にまみれ、苦しみ続けて。

 死ね。死ね。


 死んでしまえぇぇーーー!!



 ……あの時。

 呪いの言葉を絶叫するあたしの心は真っ暗だった。


 今でもあたしは、あのふたりを許してはいない。

 思い出すたび心はジクジクと痛み、膿のようなドロリとした苦しみが溢れ出す。

 まるで時間が止まったように、苦しみも傷も癒える事は無い。

 あのふたりから受けた仕打ちも、何があろうと消える事は無い。


 頭では、許してやった方が良いんだと分かってる。

 許して、祝福してやる方が恨み続けるよりよほど良い。

 それが正しくて美しい行為だと、それぐらいのことはあたしだって分かってる。


 そして、思い知る。

 とても無理だと。


 頭で分かってたって、許せないものは許せない。

 いくらそれは良くない事だと言われようが、無理だ。

 なぜあたしが、あのふたりを幸せにしてやらなければならない?

 あのふたりによって徹底的に苦しめられた、当の本人のあたしが?


 あぁ、あたしは何も分かっていなかった。

 あたしがジンに望んでいた事は、あたしに、あのふたりと親友になれと言ってるようなものだ。

 微笑みながら手を携えて、三人共に生きていけと言ってるようなもの。


 恋人を、婚約者を奪われただけでもこれほどの憎しみだ。

 それに生死が絡むとなれば、その比ではない。

 まさに恨みも憎しみも骨髄に達しているだろう。


 あたしが言っている事は奇麗事でしかなかった。

 確かに美しいけれど、理想的で正しいだけ。

 正しいだけでは、ただそれだけでは、理想郷ではない現実世界ではとても済まされない。


 信じたかった。

 この世界は変わることができると。何度も現実に打ちのめされても、それでもきっと、と信じていた。

 変えることができると信じたかった。


『不可能』

 今あたしは改めて、その言葉の重みを深く深く受け止める。

 こんなにも思い知る。不可能という意味を。


 時間が経てば、いつかは不可能も可能になるかもしれない。

 ずっとずっと遥か遠い未来に。

 でも、そんな時間はもうない。この世界にそのための時間は残されていない。

 ないんだわ。もう道はどこにも。

 信じるだけの理由なんて、なくなってしまった。


「もう分かったろう? この世界での人間は滅亡する。だから砂漠に戻ろう。オレ達がお前だけは守ってやるから」


 あたしに向かって差し出されるジンの手。


「みんなでモネグロスを一時的に看取り、そして静かに再生を待とう。あの美しい砂漠で」


 人間などいなかった時間を取り戻そう。

 人間からの信仰も、人間への寵愛も。

 問題も災いも、何も無かった幸せな時間へ戻ろう。


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