(9)
「雫、全ての犠牲は必要なんだ。世界の存続の為に」
「分からない!」
「なぁ、聞けよ雫。お前は話し合えと言ったな? 話し合いで何が変わるんだ?」
たとえば人間は、他種を食らい犠牲にして命を繁栄させてきた。
他種から見れば受け入れ難い事さ。
それで?
どうする? 話し合うか?
「話し合えば人間は、これから何も食わずに生きていける生物に変身するのか?」
「そ、れは……」
「あぁ、そんな事は到底無理だ。変わらないんだよ。話し合ったところで何も変わらない」
『何かの犠牲があってこそ何かを得られる』といった根源は絶対に変わらない。
それを認めて受け入れなければ、世界は成り立たないのに。
なのに人間は犠牲を、代償を払うのを拒んだ。
そして変わらず恩恵を求め続けた。
そのせいで世界を継続させるためのバランスが崩れてしまった。
だから、報いを受ける。
世界のバランスを崩した人間は、世界から間も無く排除される。
まるで自浄作用のように。
そして世界は、ゆっくりと再生していく。治癒していく。
「どうしても必要なんだ。世界存続の為の犠牲はな」
ジンの言葉を聞き終えたあたしの口から、無意識に虚しい息が漏れた。
あたしは悲惨なこの世界の現実を、巡り続ける悲しい犠牲の連鎖を、どうにか変えたいと思った。
なにか方法があるんじゃないか?って思った。
何かの努力と知恵とみんなの軽い負担程度で、世界が全て満足できる方法を探さなければならないと思った。
そしてあたしは虚しく目を閉じ、天を仰ぐ。
そう。あたしは知っている。今まで生存し続けてきたあたしは、理屈でなく本能で悟っている。
犠牲無くしてそれに見合う対価など得られない。
どんなに辛くとも、犠牲という存在を受け入れなければ生きてはいけない。
受け入れられねば、死ぬしかない。
人間が他者を犠牲にしなければ死ぬしかないように。
……不可能だ。
誰も傷つけず、何も犠牲にならず、誰の敵にもならず、大きなものを手に入れる事なんて。
そんな方法は、無い。
あたしの理想も希望も、全て絵空事でしかなかった。
理想はあくまでも理想。それが叶ってしまった時、そこは現実では無く桃源郷になる。
ここは、現実の世界にほかならないのだから。
でも……それならば。
あたしはゆっくりと目を開けた。
「それならいっそ元に戻しましょう。この世界のバランスを」
崩れてしまった事が原因なら、そのバランスを戻せばいい。
そうすれば、とりあえずはどの種も滅亡は免れる。
そして世界を元のままの形で継続させる。
それぞれが辛い犠牲を払い続ける現状を、このまま継続させていく。
そして、生き続けていくんだ。
そうすればいつか、きっと何かが変わる。
自分達の手で、いつかこの犠牲の連鎖を変えるんだ。
絶対に無理だと思っていた事でも、きっと何かが変わるはず。
だってあっちの世界じゃ人間が空を飛ぶのよ?
人間が月に行くのよ?
数千年前は絶対に夢でしかなかった。ただのおとぎ話だったのに。
でもちゃんと変わったのよ。
不可能って可能になるものなのよ! だって実際、そうなってきたんだもの!
だからきっとこの世界の不可能も可能になる。
呆れるほどに時間はかかりそうだけど、でも諦めなければきっと可能だわ。
諦めさえしなければ。
そうよ。希望は捨てちゃだめよ。
なんたってあたしは気骨と気概の代名詞って絶賛された女なんだから。
諦めない。決して諦めない。
それが今できる唯一の事。なら、できる事をやればいい。
みんなで耐えながら、頑張ろう。世界の存続のために。
だからヴァニスの所へ行きましょう。
そして精霊を開放し神への信仰を取り戻させる。
ヴァニスだって、このままじゃ人間の存亡が危ういと知れば話を聞いてくれるわよ。
元々、人間の為に始めた行動なんだもの。
「ねぇジン、そうしましょうよ。あたしの言ってる事、わかるよね?」
「人間は今、勝利の美酒に酔いしれている。それを無かった事にしようと言ったところで、聞くと思うか?」
やっとの事で手に入れた物が失われる。
精霊を利用した極楽な生活。人身御供の必要無い日々。
「普通に考えて、まずそんな話は誰も聞く耳持たないだろうな」
でもそれを人間は選ばなければならない。
それが自分達が世界で存続していく為の、背負う犠牲。
一時の安寧と人間の滅亡とを秤にかけたら、さすがに分かってくれるわ。
数年後に全滅してもいいから今だけ楽したいなんて考える人はいない。そこまで人間はバカじゃないわよ。
たまにそんなバカもいるけど。
「きっとヴァニスがうまくやってくれる。優秀な王様なのよ、ヴァニスって」
「……」
「生き残った神や精霊達も協力してくれるでしょ? できるだけ被害が人間に及ばないように」
人間と神と精霊と。
協力し合って世界と未来を作っていくのよ。素晴らしい事だと思わない?
道行く先に希望が見える。それに向かって一歩踏み出す時なのよ、未来のために。
「さぁ、だから行きましょう! みんなでヴァニスの所へ!」
「まっぴらゴメンだ」
……。
え?
ジン、今なんて?
「冗談じゃない。まっぴらゴメンだって言ったのさ」
それは頭から冷水をかけられた気がするほどに、冷たい声だった。
明るい希望に湧いていたあたしの心が急速に冷えていく。
全身が冷え、鼓動がドクドクと嫌な速度で早まった。
「どうしてえ!?」
あたしは声を振り絞る。
なんで!? なんでどこまでもそうやって拒絶するの!?
あたしの言う事ちゃんと聞こえてるよね!? 耳が遠いわけじゃないよね!?