(5)
あぁ、なんて酷い顔色。色が悪いを通り越し、まるで生気が感じられない。
影が、存在感そのものがこんなに薄っぺらになってしまうなんて。
今すぐフゥッと掻き消えてしまっても何の不思議も無いわ。
神の消滅、喪失を本当に現実的に感じてあたしは言葉を失った。
「雫、アグアの無事は確認できたのでしょうか?」
「ご、ごめんなさい。探し始めた途端に見つかってしまったの」
「そう……ですか……」
力無くそう言った後、モネグロスはズルズルと崩れるように倒れこんでしまう。
あたし達は慌ててモネグロスを支えた。
「モネグロスしっかりしろ!」
「ア、グア……」
「本当にごめんなさい! 見つける事ができなくて!」
「よいのです。私ですらアグアの気配を感じ取る事ができません」
モネグロスは悲しげな目で城を見上げた。
それぞれの窓から漏れる明かりを、ひとつひとつ確認するかのように。
そのどれかにアグアさんの姿を懸命に探して。
「愛しい君……私は、ここに……」
城に囚われた愛しい相手に向かって手を伸ばす。
届かぬことを知りながら、それでも伸ばさずにはいられない。
そしてこんなに近くにいる。そばにいるのが分かっているのに。
でも、会えない。
それがどんなに辛いことか。
今にも我が身が消滅しかけている状況で、どれほどの思いで城を見ているんだろう。
モネグロスの顔が悲痛に歪み、両目に涙が溢れた。
呻き声のような泣き声と共にハラハラと透明な雫が零れ落ちる。
あたしはその涙を見て決心した。
今すぐ、この場で皆に話そう! あたしの考えを、提案を!
もう一刻の猶予も無いわ。早く世界の状況を変えなければ、モネグロスにはもう時間が無い。
「ねぇジン、聞いて欲しい事が……」
「雫、今すぐ城を出るぞ!」
あたしは思わず言葉を引っ込めた。
城を出る?
「みんなで戻るんだよ。砂漠の神殿に。見ての通りモネグロスはもう限界が近い。もうすぐ確実に消滅する」
「あ……」
「だから精霊の長に見つかる危険を冒してお前を迎えに来たんだ。もう見つかってるかもしれないがな」
深刻な表情でジンは呟いた。
「人間界よりも神殿の方がマシだ。いくらか時間が稼げる。お前も水の力で癒してくれ。イフリートとノームは、実体化を解いて一足先にモネグロスと戻るんだ」
「うむ。承知」
「オレは雫と一緒に戻る。時間がかかるが仕方ない。それまでノーム、お前の力で何とかモネグロスを守ってくれ」
「は、はい。びりょくながらがんばりますっ」
「よし。じゃあ行け。頼んだぞ」
「ちょ、ちょっと待って!」
モネグロスを抱え上げようとしたイフリートの腕を、あたしは大慌てで掴んだ。
待って! ちょっと待ってよちょっと!
「雫? どうしたんだよ?」
「聞いて欲しい事があるの!」
「歩きながら聞く」
「待ってよ! ここで聞いて欲しいの!」
今ここで城を離れるわけにはいかないわ。今だからこそチャンスなのよ。
人間も精霊も神も揃ってる。本来なら敵対し合って、近づくことすら出来ないはずの三者が。
千載一遇の機会だわ。今この時を逃したら、こんな機会は二度と訪れない。
「言ったろ? 時間が無いんだよ。長にも見つかっているかもしれないから早く行こう」
ジンはあたしの手をとり、強引に引っ張って歩き出そうとする。
いや、だから、さっきから待て待て言ってるのに!
人の話を聞かない国民性だと思ってたけど、精霊までそうなわけ!?
ここって世界規模で話を聞かない風習が蔓延してるのか!?
「待ってって言ってるでしょ!」
「いったい何なんだよさっきから! お前、城から出たくないのか!?」
「そうじゃなくて! 話し合って欲しいのよ!」
「だから話なら歩きながら聞くって!」
「あたしの話じゃない! ヴァニスの話を聞いて欲しいの!」
ジンの顔がはぁ?っと歪んだ。そしてイフリート達と顔を見合わせる。
「ヴァニスって狂王の事か?」
「そうよ」
「狂王が? あいつがオレ達に何を話したがっているっていうんだ?」
「いや、別にヴァニスは話したがっているわけじゃないんだけど」
「そうだろうな。オレ達だって人間と話しなんぞしたくもないさ」
「そういう事じゃないの。あのね」
「謝罪して許しでも請うつもりなのか? ふんっ、今さら」
ジンは吐き捨てるように言った。
「どのツラ下げて、だな。慢心し、同胞を殺戮し、他種を支配した罪深さは、もはやどうあっても許される事など無い」
イフリート達が無言でこちらの成り行きを見守っている。
何も言わないけれど、みんなジンの言葉に同意しているのは表情を見れば明らかだ。
この誤解を解かないことには話どころじゃないわ。
「違うの。それは誤解なのよ」
「誤解?」
「えぇ、間違ってるのよ。あなた達の認識が」
別にヴァニスは、人間は、血も涙も無い極悪非道の生物ってわけじゃないの。
人間には人間の、どうにもやむを得ない事情と立場ってものがあったのよ。
それを知ってもらえれば垣根は越えられるはずだわ。
ジンはあたしの言葉を聞いて眉間にシワを寄せた。
「オレの認識のどこが間違っているんだ? 全部事実だろうが。狂王は神を信奉する同胞を処刑していないのか?」
「い、いや、それは確かに処刑したけれど」
「人間達は精霊を支配していないのか?」
「それは支配してる、けど」
「それらは全部、狂王や人間達が我欲を叶える為の、オレ達への一方的な行為じゃないのか?」
「それは……」
それは、人間達の希望を叶える為の、一方的な行為なんだけど。
「やっぱり全部事実だろうが」
「そうだけど、あたし知ったのよ!」
「何をだよ?」
「事実と真実は必ずしも同じじゃないって!」
あたしはジンに向かって力説した。
そうよ、異種族、それぞれの立場、という名の色眼鏡。
それを外しさえすれば真実が見える。相手の事情も理解できる。
理解し合えれば、歩み寄れる。歩み寄れば協力し合えるわ。
そうすれば全ての種族が共存していけるのよ!