(2)
こちらに背を向けて歩き出そうとした風の精霊にあたしは怒鳴りつけた。
さっきから何なのよいったい! もう我慢できない!
出来損ないだの、まがい物だの、ただの人間だの半人間だの!!
それって無礼千万なセリフの展覧会じゃないの!
水の精霊はあんなに礼節を持ってたのに、この違いはなんなの!?
言っとくけどあたしは被害者なのよ被害者! せめてそれに相応しい礼儀をわきまえなさいよ!
「いったい誰のせいで、あたしが半人間になったと思ってるの!?」
「少なくともオレのせいじゃないさ」
風の精霊はチラリと冷めた視線を投げて寄こした。
興奮しているあたしを見て、ふんっと顔を背ける。
その、こ憎ったらし~い態度にあたしはますます頭にきた!
「あんたを砂漠超えさせるために、あたしが犠牲になったんじゃないの!」
「ふん。それは違うね」
「なにが違うってえ!?」
「水の力が無ければ、お前だってここで死ぬんだ。それのどこがオレの為の犠牲なんだ?」
「うっ・・・・・」
そ・・・それは、そうだけどっ。
「それに、水の精霊の呼びかけに応じたのはお前自身だろ?」
「別に望んで応じたわけじゃないわよ!」
「いいや違うね。お前は望んだんだ」
「望んでないったら! あたしは無理やりここへ連れてこられたの!」
「本人の意思が無ければ、弱った精霊ひとりの力で、世界間の移動なんて可能なわけがないだろ」
「……」
「お前、もしかして嫌気が差してたんじゃないのか? 元居た世界に」
あたしは言葉を詰まらせた。
確かにあの時あの瞬間、あたしは嫌気どころか世界に別れを告げようとしていた。
まさかそれが原因? あたしがこの世界に来てしまったのは世界に絶望したから?
だから別世界への扉が開いてしまったの? 全部、自業自得ってこと?
ち、違うわ。これは仕方ない事よ。
そりゃいきなり死を選ぼうとしたのは、いま考えれば早計だったかもしれないけど。
それくらい、大切な命を失ってもかまわないってくらい、あたしの心は深く傷付いて…。
ふと、水の精霊の最期を思い出した。
仲間を守る為に自分の命を捧げ、穏やかに微笑んで消滅していった見事な最期を。
あたしは、急に居たたまれない気持ちに襲われた。
「確かにお前の意思以外にも、反応する作用があったんだろうさ。だがな、お前は自分の世界を見限った。その結果この世界へ来たんだ。その全ての責任を、自分以外の物になすり付けるなよ」
こちらに向け続ける背中と風に揺れる銀の髪を見ながら、あたしはもう何も言い返すことかできない。
黙って俯き、重い胸を抱えて、ただ唇を噛み締めるだけだった。
「無駄話はもういい。行くぞ」
しばらくの沈黙の後、風の精霊がそれを振り切るように言い出した。
「行くって、どこへ?」
「砂漠の神の神殿だ。同じ事を繰り返し言わせるなよ。うっとうしい半人間だな」
「……」
「そんな、いかにも傷付いたような顔をするな。イライラする」
「……」
「だからそれだよ。その、さも自分は傷付きました風な顔付きがイラつくんだよ」
「……」
「なんだ? 今度は下から目線で睨みつけるのか?」
「……」
「いかにも恨みがまし気な顔をやめろ。気分が滅入る」
どーすりゃいいのよ一体!
注文の多い男ねまったく! こっちこそイラつくわ!
なんかコイツと会話してると、せっかくの殊勝な気持ちが消滅する気がするわ。
どんどん気分がささくれ立ってくる。
今はとりあえず、ここから移動する事に意識を集中しよう。いつまでも砂漠のど真ん中に突っ立てるわけにもいかないし。
あたしは手の平で目の上にひさしを作りながら、巨大な双子太陽を見上げた。
相変わらず元気満々にコロナを噴出させまくっている。
でも気が付けばさっきよりも、体がずいぶん楽だ。
もちろん暑い事は当然暑いけど全身が潤っているというか。肌に痛いくらいだった熱気もそれほどは感じない。
うーん、薄い冷たい水のベールに覆われて守られてる、みたいな感じ。
どうやら本当に水の精霊の力は継承されてるらしいわね。コイツも同じ恩恵を受けてるのかしら?
あたしは銀色の精霊を盗み見た。
風に揺れている髪を見ていると、ますます涼しげ効果が倍増する。風鈴と同じ効果ね。
実際、風の精霊のそばに居ると本当に風を感じて涼しい。
冷たい水と涼しい風。なるほど、砂漠を無事に渡るための大切な要素だ。
…やっぱりあたしに少しは感謝して欲しいもんだわ。
「おい、もう行くぞ」
「ねぇ、色々と聞きたいことがあるんだけど」
「なんだよ?」
「露骨にめんどくさそうな顔しないでくれない? なぜ砂漠の神の神殿へ行くの?」
聞きたい事も知りたいこともたくさんある。
森の人間の国ってどこ? そこにあたしは行けるの? その国の王様は狂ってるの?
なぜ精霊の力は弱ってしまったの? あたしは、元の世界へ帰れると思う?
たくさんありすぎて、何から手を付ければ良いのかも分からない。