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(4)

 ムーンストーンに銀の微粒子が混じったような、不思議な色。

 この目を、この銀色をどれほど見たかったことか。

 今、銀の瞳に涙交じりのあたしの笑顔が映っている。


 ジンが額を寄せてきて、コツン、とふたりのオデコがぶつかり合った。

 触れる鼻先や、温もりや、感触を、あたし達は目を閉じ擦り寄せ合って、感じ合う。


「雫」

「ジン」


 熱い溜め息のようにお互いの名を囁きあえば、胸が痛いくらいに切ない。

 押し潰されそうなほど苦しいのに、幸福感で張り裂けそうなほど膨らんでる。

 たまらない。感情が込み上げてきて押さえられない。

 愛しいという感情が、もうあたしには押さえられない。


 あたしはそっと自分の唇をジンの唇に触れ合わせた。

 ぴくりとジンの体が反応する。


 ジン、知ってるかな? キス、わかる?

 人間の男女はね、こうやって愛情表現するんだよ?

 愛する相手に自分の唇を重ねて、こう……。


 目を閉じていてもジンの戸惑いがはっきりと伝わってくる。

 初めて? キス。それとも人間の女性とキスするのが初めてなのかな?

 驚かせてごめんね。でもあたし、あなたが好きなの。


 やがてジンの方からも唇を押し付けてきた。

 あたし達は角度を変えて味わうように何度もキスを交わす。

 少しずつお互いの息が上がってくる。絡み合うように互いの体を包みあう腕と腕。


 ……夢中に、なる。

 そう。そうやって……。そうよ、ジン……。


 ジンの口から甘い吐息が漏れる。あたしの唇からも熱い、甘えるような吐息が。

 あたしはちろりと覗く彼の舌先を痺れる思いで見た。ねぇジン、もっと。もっと、深くして……。


 あたしの望みが聞こえたように、噛み付くようにジンが舌を絡ませる。

 お互いを抱く腕が、求める感情がさらく深く激しくなった。

 ジンの髪に絡まる指先。あたしの背中を撫でさするジンの手の感触。

 切ない痺れが背を這い上がり、あたしの心をたまらなく熱くさせる。

 あぁ、好きよジン、ジン、ジン。


「お前達、何をしているか」

 イフリートの声が至近距離から突然聞こえてきた。

 あたし達はバッとお互いの唇を離し、抱きしめ合っていた腕をとっさに解く。


「気持ちは理解する。だが今は時間が無い故に自重すべし」


 あたし達を見比べているイフリートの無表情な様子に、かえってこっちの頬が火照った。

 そ、そうだった。再会の喜びのあまり、すっかり自分達の世界に入り込んでで完全に忘れ去ってしまっていた。

 うわぁ~、思いっきり人前でキスに没頭しまくってしまった!

 照れ隠しのようにコホンと咳払いしたジンがノームに話しかける。


「ノ、ノームも無事なようだな。良かったな」

「あ、は、はい! ありがとうございます!」


 イフリートの手の平の上で、うっとりとその胸に縋っていたノームがハッと気付いたように返事をした。

 そして真っ赤な顔で手の中に座り直す。


「我も安堵した。ノームの無事は非常に嬉しい」

「イフリート……」


 男らしいイフリートの表情が柔和に和んでいる。

 それを恥ずかしそうに、そしてとても嬉しそうに見上げるノームの、何とも形容し難い表情を見てあたしは気付いた。


 あぁ、そうか。

 ノームはイフリートに恋してるんだ。


 イフリートはノームに対して、どうやら大切な妹みたいな感情を持ってるみたいだけど。

 ノームの方は明らかに恋愛感情を持っている。

 男らしく精悍で、いつも自分を気にかけてくれるイフリートに恋をしてしまったんだわ。


 少女の初恋、かな?

 きっと今、あの小さな胸は初めて知る感情に翻弄されているんだろう。

 身を絞るような切なさと、大輪の花が開花するような喜びに。


 でも火の精霊と大地の精霊の恋かぁ。

 年齢差以前の問題で、異種同士よね。

 精霊の世界の恋愛事情はよく知らないけど、相性というか、組み合わせは良くない気がする。

 感情のコントロールの苦手なイフリートのせいで、事あるごとにノームが燃やされてそうだし。


 って、人の事いってる場合じゃないか。

 あたしとジンなんて異種族もいいとこだわ。人間と精霊だもの。

 たぶんお父さんもお母さんも弟達も友人も、誰ひとりとして認めてはくれないだろうな。


 だってこの関係って、ペットのわんこを抱きしめて

「あたし達は愛し合ってるんです! どうして認めてくれないの!?」

 って叫んでるのと同じ事だもの。

 そもそも向こうの世界に帰れるのかどうかも定かではないし。

 可能だとして、実際に帰るのかどうかも定かではない。

 不確定要素ばかりだわ。まさにこれぞ五里霧中。


 そんな思いを馳せているあたしのナーバスな感情が、近づいてきた人影を見て一気に吹っ飛んだ。


「あ! モネグロス!?」

「雫、無事だったのですね? 良かった。ノームも」

「モネグロスどうしたの!? 大丈夫!?」


 あたしはモネグロスのそばに駆け寄った。

 ひどい! 完全に弱りきり、やつれ果ててしまっている!

 砂漠の黄金の砂のような金髪も輝きが失われ、見る影も無い。

 彼は立っているのも辛いようで、近くの樹の幹に倒れるようにもたれ掛かった。


「モネグロス、じっとしてろと言ったろ!?」

「ジン、モネグロスはどうしちゃったの!?」


 弱ってはいたけども、ここまでじゃ無かったでしょう!?

 なんでこんなにまで悲惨な状況になっちゃったのよ!?


「ここは神への畏敬の念を喪失した人間の世界だ。今のモネグロスにとっては過酷過ぎるんだ」


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