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(2)

 この隙にノームを探し出さなきゃ!

 バレて騒ぎになる前にノームと合流して、できることならノームだけでも城から逃がしたい。

 急げ急げ焦ろ! 急がないと見つかっちゃうわ!


 人とすれ違うたびハンカチで顔を覆って、わざとらしく咳なんかしたりして。

 電波の届きにくい機器みたいに、あちこち花束をかざしながら先へと進む。

 花から聞こえるノームの声を頼りに、階段を登ったり降りたり通路を曲がったりしてるうちに、少しずつ声がはっきり聞き取れるようになってくる。

 そしていつの間にか、まるで見覚えの無い場所に辿り着いた。

 ここどこだろう? 通路の両脇にズラッと並ぶ簡素な扉の列はずいぶん殺風景だし、ひと気も無い場所ね。


『しずくさん! 近いです、すごく近づいてます!』

「ノームどこ!?」

『ここです! わたしはここにいます!』


 並んだ扉のひとつひとつに耳を押し付けながら中の様子を確認していくと、ひとつの扉の中から、花から聞こえる声と同じ声が聞こえてきた。


 見つけた! ここだわ!

 でもたぶん扉にはカギがかかってるわね。どうやって開けようか。

 考えながら試しにノブを掴んで動かすと、意外にも扉はあっさり開いた。

 え? 施錠してない部屋に監禁?


 疑問に思いつつ部屋を覗くと、中には色々な物が煩雑に押し込められている。

 ボロい布団やら、古いイスやら、色褪せたカーペットやら。

 ひょっとしてここって物置じゃない? だからカギもかかってないのね。

 物置に人質幽閉ってどういう感覚なの? 幽閉って言葉の意味が分かってないんじゃないかしら?

 お陰で助かったから文句は無いけど。


「しずくさあん! 助けてください!」


 生のノームの声が聞こえて、あたしは煩雑な室内をキョロキョロ見渡す。

 どこ!? どこから聞こえる!?

 布団を踏み越えイスを掻き分け探索すると、古い丸テーブルの上に小さな四角い木箱があった。


「しずくさん! しずくさん!」


 間違いなくこの箱の中から声が聞こえてくる!

 「やった見つけたわ!! ノーム!!」

 急いで箱の蓋を開けようと手を触れた途端……


 -- ギュイイィィ~~!!


 凄まじい音が聞こえてあたしは仰け反り、声も無く悶絶した。

 なに!? この音ーーー!?


 ガラスを爪で引っ掻く音。

 ああいった不快極まる音が何重も重なり、大音響で頭の中に響き渡った。

 背筋をミミズが大量に這いずり回るような、信じられないほどの嫌悪感に両目をギュッと閉じ、歯を食いしばって音の脅威に耐える。


 両耳を手で押さえ、頭を振っても音は消えてくれない。

 これって鼓膜を通して聞こえるというよりも、頭の中に直接音を打ち込まれてる感じだ。

 虫唾が走る。歯が浮いて気持ち悪い。不快、不快、不快すぎるこの感覚。

 やっと頭から音が消え去ってからも、なかなか体の硬直が治まらない。

 あたしはテーブルに上半身をもたれ掛け、ぜえぜえと荒い息を吐いた。


 とてもじゃないけど、無理!

 カギがかかってない理由が分かった! これに耐えられる人間がいるとは到底思えない!


「しずくさん、どうしましたか? 大丈夫ですか?」

 今にも泣きそうなノームの声が聞こえる。

 あれからずっとひとりぼっちで、真っ暗な箱の中に閉じ込められていたノーム。

 まるでゴミみたいに物置に放置させられていた、可哀そうなノーム。


 ……耐えてみせる!!


「大丈夫よ。何でもないわ。今出してあげるからね!」


 大きく深呼吸しながら覚悟を決めて蓋に手をかけると、待ってましたとばかりに音が頭の中に鳴り響いた。

 ぐうぅぅ~~~!!

 ぎも゛ぢわ゛る゛い゛~!!


 脳みそをグチャグチャと掻き回されるような不快感。

 背筋を強烈な生理的嫌悪感が駆け上る。

 音に支配でもされてるかのように、あたしの腕も指もピクリとも動かない。

 たぶん箱の蓋から手を放せば動くようになるんだろう。蓋を上げようとしている間だけ動かなくなるんだわ。


 根性の捻じ曲がった仕掛けね! こんなのに負けないわよ!

 頑張れ! 耐えろ! 箱から手を離しちゃダメ! この腕をほんの少し上げればいいだけよ!


 歯を食いしばって腕を動かそうとすると、音の強烈さが倍増した。

「うああぁぁぁ!!」

 さすがに耐え切れず悲鳴が出た。

 気持ち悪い! 気持ち悪い! 嫌だ嫌だ嫌だ! この音は嫌だあぁ!!


 意志の力ではどうしようもできない本能的な嫌悪感に、全身が覆い尽くされる。

 蛇やミミズやナメクジやムカデがたっぷり詰まった穴に、頭までガッポリ埋まって溺れている自分の姿の幻覚が見えた。

 あまりの不快感に筋肉が痙攣する。呼吸もままならない。泣きながら悲鳴を上げた。


「嫌ああぁぁぁーーー!!」

「し、しずくさん!?」

「うあぁぁ!! あああぁーーー!!」

「しずくさん! も、もうやめてください! もういいですから!」


 ノームも泣きながら叫んでいる。様子も分からず心配で堪らないんだろう。


「もう、もうやめてください!!」

「やめたく、ないぃーーー!!」


 今ここで諦めたら、きっと二度と蓋に手をかけられなくなる。

 この一回しかチャンスが無いのよ! 誰が諦めるか!

 決意したあたしは息を止め、満身の力を込めて腕を動かそうとした。

 すると、音が極限に達した。


 あたしの脳も全身も極限に達して、泣き喚いていた声すらも出なくなった。

 目玉が飛び出そうなほど大きく開いた両目から、涙が文字通り滝のように勝手に溢れ出る。

 頭は真っ白だ。スパークする。ショートする。

 ヒィィ、気が……気が狂うーーー!!!


 -- サアァァ・・・


 するとその瞬間、ほんのわずか一滴分ほどの水の清涼感を体と脳に感じた。

 そのお蔭でとっさに正気が戻り、落ちた涙に触れた腕がピクリと僅かに動く。

 今だ!!


 無意識に体が反応した。

 あたしは蓋を持ったまま、横倒しに倒れるように思いっきり床に転ぶ。

 勢い余って蓋だけじゃなく箱そのものが床に落ちて、落下して引っくり返った木箱からノームが転げ出てきた。

 やったわーーーーー!!

 蓋が外れた瞬間、頭の中の音もピタリと完全に止んだ。もう何も聞こえない。

 床に倒れたあたしの全身から、安堵の汗がどぉっと噴き出した。


「しずくさんしずくさんしずくさん!!」

 駆け寄ってきたノームがあたしの袖を全力で引っ張りながら必死に叫ぶ。

「しずくさんお願い! しなないで!」


 死なないわよ。その寸前まで行ったけどさ。

 あたしはハハ、ハ、と力無く息を吐いて笑った。


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