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 余計な心配をしているあたしの元へ侍女たちが猛ダッシュしてきた。

 あたしをグルリと取り囲み、まるでエサを待ち構えていたヒナの様にピーピーと騒ぎ出す。


「雫様! どういう事なんですか!?」

「いつから王とこんな関係に!?」

「御手付きですか!? もう御手付きになっちゃったんですか!?」

「ついてないわよ! 手も足も何も一切つけられて無いです!」


 叫んで否定するあたしなんてそっちのけ。侍女達は目をキラキラさせて興奮して騒ぎ続ける。


 こら、ちょっと人の話聞いてる!?

 あたしが御手付きになっちゃったとか、変な噂を流されたら大変だわ。

 外堀から埋められて拒否できなくなりそうで怖い。

 これ以上ややこしい事態になったら対処しきれないわよ。


「あぁ羨ましい~! 憧れのヴァニス王様の御手付きだなんて!」

「だから付いて無いってば!」


 やっぱり聞いてない! 人の話を聞かないのは、もうこの国の国民性と言い切っていい!


「あたしもちょっぴり夢みていたのになぁ」

「私も! たとえ正妃になれなくてもヴァニス様なら御手付きでも構わないわ!」

「まだ希望はあるわよ。御手付きに人数制限なんて無いんだから」

「そうよね! 今まで仕事一辺倒だったヴァニス様も、ようやくその気になってきたって事だし!」

「ひょっとしたら女に興味無いんじゃないかって思ってたけど」

「雫様のお陰でちゃんと証明されたわね。良かったわぁ」


 息継ぐ間も無くしゃべり続ける侍女達が、ビタッと会話を止めて揃ってあたしを見た。

 そしてあたしの頭のてっぺんから足の先まで改めて観察する。


「でも女の趣味は理解しにくいかも」

「ほら、ヴァニス様ってやっぱり珍獣や珍品とか珍しいものがお好きだから」

「でもこれが好みなら、逆にあたし達にチャンスは無い事になるわよ」

「それは残念ねぇ」


 おいこら! 珍獣や珍品って何よ! あたしは絶滅危惧種の希少動物か!?

 いくら東洋系が見慣れないからってあんまりな言い草でしょ!?

 こいつら自分の失言加減に全然気付いて無いわね!?


「これお前達、お客人に対して失礼な物言いをするんじゃないよ」

 年かさの侍女が他の侍女達を嗜める。

 みんなハッとしたように縮こまり、あたしに向かって慌てて詫びた。


「も、申し訳ありません雫様!」

「雫様はとても気さくな雰囲気をお持ちのお方なもので、つい」

「今後は、このような態度は決してとりません! なにとぞ失礼をお許し下さい!」


 今度はひたすら恐縮されて、こっちが困惑してしまう。

 気さくな雰囲気って言い換えれば「庶民丸出し」って事だから。

 事実、紛れも無い庶民だもの。あたし。

 あたしの方からしてこんな口調や態度だから、つい気を抜いてしまうんだろう。


「それでいいのよ。あたしも全然気にして無いし」

「そんなわけにはいきませんよ」

 年かさの侍女が、また嗜める口調で話し出す。


「王のご寵愛を受けるとなれば、相応の処遇を受けてしかるべきですから」

「相応の処遇?」

「分かりませんか? 正妃のいない今、雫様の立場は非常に重要なんですよ」

「……?」

「今はまだ、ただの御手付きですが」

「いやだから付いて無いってさっきから何度も」

「ヴァニス王様は情の深いお方です。雫様をこのまま放置などなさらないでしょう」


 放置しないって?

 なに? あたしの立場ってこれからどうにかなっちゃうの?


「ご自分が寵愛を与えた女性には、きっと相応の正式な地位をお与えになるでしょう。正妃か、非常に高位の貴族の名か」

「はい?」

「つまり雫様は、この国を担う重要な存在になられるのです。今はまだ、ただの御手付きですが」


 だから手も足も付いて無いってば!!


 あたしは顔から血の気が引いた。

 じょ、冗談でしょ!? てか冗談じゃないわよそんな事!

 あたしはこの国の正妃はもちろん、貴族になるつもりなんて全然無いわ!


 あたしはジンが好きなのよ!

 それに、どうなるか分からないけれど元の世界に帰る希望も捨ててはいない!

 正妃や貴族なんかにされちゃったら、もう身動きがとれなくなる!


「あたし困るわそんな事!」

「ご心配には及びませんよ。煩雑な手続き等は万事こちらで取り計らいますから」

「そういう意味じゃなくて!」

「さあみんな、雫様にはもうお休みいただく事にしましょう」

「はい。そうですね」

「何と言っても雫様はこの国の大事なお方になる身ですから」


 やっぱり聞いてない~!!


 侍女達は深々と腰を曲げて、あたしに向かってものすごく丁寧なお辞儀をした。

 そして神妙な態度と表情で粛々と部屋から出て行ってしまう。

 言い分全てを虚しく無視されて、呆然とひとり部屋にたたずむあたし。


 さっきの侍女達の態度。今までのあたしに対する空気がガラリと変わってしまったのをひしひし感じた。

 あぁ、どうしよう! 着々と外堀が埋められてる! なんだかもう生き埋め寸前な気がしてきた!


 あたしは猛烈に焦りだし、部屋の中をウロウロ歩き回った。

 どうしようどうしよう、こんなの予定になかったわ。

 そもそも世界の一大事って時に、御手付き云々言ってる場合じゃないでしょうに!

 なんだってこう次から次へと芋ズル式に問題が発生するんだろう?

 しかもみんな揃って悪化の一途を辿ってるし!


 ジンに会いたい。切実に、痛烈にそう思った。


 あたしひとりじゃ不安なのよ。たったひとりじゃ戦えない。世界相手に太刀打ちできないわ。

 ジンならきっとあたしの話を聞いてくれる。

 種族の垣根を越える事が、結果的に種族を救うカギになると分かってくれるはずだわ。

 だってあたしとジンの心は繋がっているんだもの!


 そのためにも一刻も早くジンに会わなくちゃ。

 明日になったらこの城を出てジン達に会いに行こう!


 そう決意した途端にあたしは不安になった。

 城。出してくれるわよね?

 まさかあたしもアグアさんやノームみたいに、幽閉されたりしないわよね?


 だ、大丈夫、なはず。だって一応あたしに対しては何の罪状も無いんだし。

 そのあたしを幽閉する権利は、たとえ国王にだって無いもの。

 大丈夫よね? そう、きっと大丈夫。

 明日になれば、あたしはこの城を出るんだ。


 ひとりぼっちの部屋で、あたしは両手をギュッと握り締めて不安を押しやった。

 明日、明日になれば、きっと。


 そして。


 翌日、あたしの不安は見事に全て現実のものとなった。


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