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「古来より、捧げられるのは王族の命だった」

「え?」

「最も純粋で高貴な血を持つ者。人間の種族を代表する王族の命が、真っ先に捧げられてきた」


 古来から災害が起きる度、願い事がある度にまずは国王の命が捧げられる。

 そして次の災害時には王妃の命が。

 王子、姫、傍系の血族。ひとりひとり次々に人身御供として命を捧げてきた。


「じゃあヴァニスの家族も?」

「父王も母上も兄上達も、皆人身御供になったのだ」


 権力闘争の内乱で殺されたんじゃなかったのね。

 それで王室はこんなにも国民に敬愛されているんだわ。

 民の為に命を犠牲にし続けてきた偉大な一族への、深い尊敬と限りない感謝と、大きな哀悼の意が国民に根付いているんだわ。


「余は現在の王家に残った、ただ一人の直系の男子である」


 古来から犠牲になり続けてきた一族。よくここまで血が絶えなかったものだわ。


「余は人身御供にはなれぬ。王がいなくなってしまうのでな。よって次に災害があった時は、マティルダが人身御供になる番だ」

「!!」


 あたしは悲鳴をあげそうになり、両手で口を覆った。

 マティルダちゃん!? マティルダちゃんが次の犠牲者に!? 

 だめよ! そんなの絶対にだめ!!


「王家から捧げられる命が尽きた場合、国民が数百単位で人身御供になる」

「そんな!?」

「過去に何度もそのせいで国力が衰退した。それでも災害で人間の種族が滅亡するよりはいい」

「そ、んな」

「王家の人間ひとりの命で済めば安いものだ。そのため王族は必死に結婚を焦り、できるだけ子を成す事が宿命なのだ」


 そのためだけに? 大慌てで結婚して、産めるだけ子どもを産んで?

 いつか我が子が人身御供にされる日の為に、せっせと育てるの?

 そんなの歪んでる! そんなの絶対に間違ってるわよ!


「それが当然のしきたりだった。悲劇ではあったが誰一人として疑問も持たず、行動も起こさなかった」

「どうしてよ!?」

「人間が心から神を敬い心服し、平伏していたからだ。そういうものだと思い込んでいたのだ。人身御供を捧げれば、神が御慈悲を下して助けて下さる、とな」


 神だから。創造主である神様だから。

 非力な人間は縋るしかなく、何も疑問を持たずにただ平伏するのが当然だったんだ。

 ずっとずっと気が遠くなるほどの長い年月、その考えが定着していた。

 でも、その中で突然。


「しかし余は疑問を持った」


 ヴァニス。人間の王に即位した男。


「なぜ唯々諾々と従わねばならぬのかと」


 なぜ父王は死なねばならない? なぜ母上は死なねばならないのだ?

 兄上達や、余や、マティルダを力の限り抱きしめて

『愛している。お前達の大きくなった姿をひと目だけでも見たかった』

 熱く迸る涙と今生の別れの言葉と共に、去っていかねばならない?


 不幸にも災害はたて続けに発生した。

 即位した長兄は、ほんの二年。次兄に至ってはわずか半年の命であった。

『マティルダを、国民を頼む』と言い残し、兄上達は消えていった。


 なぜ? そしてこれは一体いつまで続く?

 永遠か? この世界の終焉の日まで、我らは犠牲になり続けなければならないのか?


 とても受け入れられぬ。


 次兄が人身御供に捧げられた時、狂ったように泣き叫んだ妹。

 行かせまいと兄の服にしがみ付き、髪を振り乱し、絶叫して泣き喚いた妹。

 次はこのマティルダの命が露と消えるのだ。


 絶対に、そうはさせぬ。余が守る。守ってみせる。

 余は歴代の王家から人間の命運を託されたのだ。何があろうと妹も国民も、王たる余が守りきってみせる。


 定めだからと諦めはせぬ。

 神も人も精霊も、みな等しい。だからこそ戦わねばならぬのならば戦おう。

 そして必ずや人間を勝利に導き守り通して見せよう。


「余は強く決意した。そして国民に通達したのだ」


 もはや神に捧げる生贄は不要。神の慈悲も不要。我ら人間は自分自身の力で戦い抜き、生き残ると。

 余が神に変わって皆を導こう、と。


 「だが反発は大きかった」


 無理も無い。太古から連綿と続く神達への畏敬の念は根強かった。

 特に神に深く関わる神官等は余を激しく非難した。


『神をも恐れぬ不届き者。国王のせいで人間は神の怒りに触れ、災害によって破滅に導かれよう』


 破滅を恐れる者達は多かった。そして集団で命を絶ち、次々と自ら人身御供となっていった。

 これでは全てが無意味だ。そして余は思い知ったのだ。

 もはや神達との共存は限界であると。


 人間の意識から神への畏敬の念を完全に払拭する。たとえそれが原因で神の怒りに触れようとも。

 これは人間の存続を賭けた戦いなのだ。

 神の像を破壊し、神に関する書物を焼き払えと命令した。従わぬ者は極刑に処すると宣言した。

 そして現実に実行した。一切の慈悲も容赦もなく。


 すると神達の力はみるみる衰えた。

 それに伴い、元々神達の眷属でもある精霊達の力も弱まった。

 一連の動きに精霊の長が恐れをなして、人間に服従する意思を申し立ててきた。


『このままでは精霊も消滅する。我らは服従しよう。だから人間達の、我らを必要とする意思までも消し去らないで欲しい』と。


 そして……今に至る。


「これが余の語る事実であり、余にとっての真実である」


 ヴァニスはそう言って、疲れたように目を閉じた。

 あたしは言葉もなくヴァニスを見ていた。

 しんと部屋は静まり返り、外の闇とは対照的な明るさが二人の表情を照らす。


 あたしは知らなければならなかった。ヴァニスの、人間側の真実を。

 そして今、こうして知って今までになく激しく動揺している。


 人間によって滅ぼされる寸前の神としての立場。

 人間によって従属を強いられている精霊としての立場。

 精霊の起こす災害に苦しみ、神からの人身御供の要求に限界まで苦しみ続けた人間の立場。


 どこかに道があると思った。道行く先に希望があると。

 希望が? 光りが?

 あたしは呆けたように暗闇に立ち尽くす。


 どこに?


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