第50話・つまり……どういうことだ?
どうぞっ!
パキィーン……
ガラスが砕け散るような音がして、その場は静寂に包まれた。
破壊を撒き散らしていたフェンリルの攻撃は止まり、全員がスキルを発動させた硬直で身動きが取れない状態になっている。
時間にすればわずか数秒、もしかしたら1秒しか経過していなかったのかもしれない。
しかし全員が、その目でしっかりと確認していた。
ブーストアクションを使ったわけでもないのに、ゆっくりと動くようになった視界の中。
トライの剣がぶつかった場所から、キラキラと輝く何かが舞い散っていく光景が映し出されたのを……
「GA…………」
ゆっくりと倒れてゆく巨体。
紺色のような濃い青色の体毛が、少しずつ色を失って灰色に変化していく。
鉄のようだった突起はその色艶を一瞬で失い、脆い石のような質感へと変化し、事実すぐにヒビ割れて崩れ去った。
ズシン、と地面に倒れきったフェンリル。
それが三角形の集合体となって空中に消えていく。
戦いが終わった瞬間だった。
「……終わった?」
トロンが惚けた表情のまま、確認するように呟く。
「た、倒した……」
シャインは信じられない、といった表情で硬直している。
「あ、あは……あはは」
事実を理解しはじめたリナは、もはや笑うしかないといった感じで苦笑いを浮かべている。
「「「倒したーーーっ!!!」」」
すぐに三人の声は重なり、喜びの合唱をする。
偉業と言ってもいい結果が生まれた瞬間、彼らはこの事実が知られた際に生まれるはずの様々な問題など考えもせず、今はただそれを達成できた喜びに震えるのだった。
「あ、トライさん!」
剣を振りきった姿勢のままで硬直していたトライ、その姿に一番最初に気づいたのは、やはりリナだった。
「・・・トライさん?」
しかし何かがおかしい、トライも喜びの声をあげるどころか、誰よりもハシャいで喜びそうな人物のはずだ。
それが微動だにせず、まるで死んだ時のように硬直したままになっている。
その原因は、他ならぬトライ自身が語ってくれた。
「……悪ぃ、俺死んだ。
先に戻ってるわ」
本当に死んでいた。
――――――――――
「まさか死んでいく途中に攻撃判定があったとはね」
トライが死んだ原因、それはフェンリルが倒れていく最中が、何故か全身に攻撃判定が出現し、本当にわずかではあるがダメージを与える仕様だったことが原因だった。
わずかとは言え、トライの放ったスキルの効果によりHPが1しか残っていなかった状態では十分すぎるほどの攻撃であったようだ。
スキル「デストラクション」
残HPを1だけ残して全てとSPを全て消費し、HPが少ないほど、SPが多いほどダメージが高くなるゴッドイーター・ベルセルクの固有スキル。
単発でギガストライカーがフル支援をもらった状態のストライク全発動と同等の威力を叩き出し、行動に制限が一切かからないという理不尽スキル。
ただし残HPの量による威力の変動幅が非常に大きく、HP全快のときとHPが10%以下の時で10倍以上威力が変わるという扱いにくい特性がある。
残HPが30%くらいまでなら他のスキルを使ったほうが強かったりするため、トライといえどあまり使わない。
「まぁなんでもいいじゃねぇか、どうせレベルは最大だったんだしよ」
「そうだけどさ、これじゃあ毎回トライが死ぬことになるじゃないか」
「え、また戦うの?」
「あー……そういえばあれってイベント戦ですもんね、普通に戦う可能性もあるんですよね……」
一応FG関係の掲示板に「フェンリル出現報告板」というものが存在する。
かつてはフェンリルが出現した瞬間にそのパーティーは撤退、板に報告することで討伐パーティーが向かうか誰も近寄らなくなる、という暗黙のルールが出来上がっていた。
そのため出会ってもすぐに逃げる、という行為自体はバカにされたりはしないし、誰もその結果をどうこう言ったりはしない。
どちらかといえば気にしなければならないのは、このトライという男のほうだろう。
「おう、ありゃ楽しかったな。
普通に戦うにはどうすりゃいいんだ?」
「「「ハハハ……はぁ……」」」
「おい?なんで揃って溜め息ついてくれてやがるんですか貴様らは」
トライは命を奪い合う「敵」を、全員で協力して倒すべき「好敵手」として認定してしまったようだった。
やはりトライは馬鹿である。
二度と戦いたくない、という空気を読めないトライは、今日も必殺「空気←なぜか読めない」が全力で発動していた。
「おい?」
――――――――――
「やあ、様子を見てきてくれたんだね。
どうだったか教えてもらえるかな?」
場所は変わり、ドロージがいるジャングルのようなマップの一画。
かつてと違い、そこには数人の動物好きプレイヤーがドロージと他愛ない会話をし、彼の仲間であるガラムと戯れるプレイヤーがいる光景ができていた。
そんな一般プレイヤーとの会話を人間のように「ちょっとごめん」と言って中断し、トライ達に向き直るドロージ。
それを自然に受け止めて「は~い」などと言い返すプレイヤー、この光景がNPCとプレイヤーである、と言われたら何も知らないプレイヤーは驚愕ものであろう。
その光景が自然に行われるくらいには、プレイヤー達に直接会話が浸透している状況になっているようだ。
「ああ、悪ぃな邪魔しちまったみてぇで。
こっちはとりあえずぶっ倒してきたぜ」
トライが若干気を使いつつ結果報告をする。
色々と省きすぎているので、改めてシャインが説明を再開した。
「奥にいたのはフェンリルでした。
なぜいたのかはわからないままでしたが、なんとか倒してきました」
フェンリルと聞いた瞬間に回りのプレイヤーは険しい表情になり、バッと体ごと向きを変える。
そしてなんとか倒したという言葉が出た瞬間、トライ達を驚愕の表情で凝視した。
「フェンリル……まさかこれが原因だろうか」
そう言って懐から何かを取り出すドロージ。
取り出したのは、何かを象った紋章のようなものだった。
「それは?」
どこかで見たことがあるような形状に疑問を持ったシャインが尋ねる。
「これは以前ガラの悪い冒険者が落としていったものでね。
捨てるわけにもいかないから持っていたんだけど……」
「なんでそれが原因なんです?」
それが原因になる理由のわからないリナが率直に聞いてみる。
実際これが原因でフェンリルが来るというのは、思い当たるだけの理由が存在しない。
「……これは戦神ヴァナルガンドの紋章だと思う。
その力を封じたヴァナルガンドそのものなのかもしれない。
フェンリルはこの紋章に惹かれて来たのかもしれない」
ヴァナルガンドに惹かれて、その言葉の意味に思い当たる部分がある四人はまさかと思い、代表してトロンが確認するように言葉を続ける。
「もしかして、フェンリルとヴァナルガンドは同じ存在?」
ヴァナルガンド、読み方は諸説あるが、ヴァン河の怪物という意味を持つそれは、フェンリルの別名だ。
単純に製作会社が理解していなくて別々の存在として扱っていたというのならともかく、この流れになれば何か設定があったのかと思われる。
「そう、よく知っているね。
ヴァナルガンドとフェンリルはお互いに半身なんだ。
魂と意思のみとなって神になったヴァナルガンド、神になるときに置き去りにされた肉体のフェンリル。
彼らは互いに互いのことを忘れられず、絶対に会えない存在同士になったにも関わらずにお互いを探し続けている」
これがFGにおけるフェンリルの設定であったのだろう。
武において最高の力を持つ神ヴァナルガンド、そのかつての肉体であったフェンリル。
それはそのままフェンリルは神である、と言っているようなものであり、神であるがゆえに超がつくほどの強さで設定されていたのだ。
「これは君たちにあげよう、フェンリルを倒せるほどの強さを持っているなら、君たちが持つべきだ。
君達ならフェンリルとヴァナルガンドの願いを叶えてくれるかもしれないしね」
ピロリン♪
イベント「フェンリル発見」クリア!
ヴァナルガンドとフェンリルは同じ存在であった。
お互いを求め合い、探しあう真実を知った君はこれからどうする?
クリア報酬:壊れたヴァナルガンドの紋章
本当にクリアしたんだな、そんな感想を持ってしまうようなウィンドウが四人の前に表示された。
このイベントが始まってから、このウィンドウを見るまでは長かった。
数々のイベントをこなし、数々のボスを倒し、誰も知らないマップに突撃し、色んな装備を手に入れてきた。
それでも倒せなかった、それでも強かった、それでも最後は運よく倒せただけかもしれなかった。
他にもやり方はあったかもしれない、もっと大人数で挑めば簡単だったかもしれない、もっと早く情報を公開していれば楽に倒せたかもしれない。
それをしなかったのは、なぜだったのだろうか。
きっとちっぽけなプライドだったのかもしれない、大した理由なんて無かったのかもしれない。
でも、だからきっと、今の彼らは後悔など少しもなく、この瞬間を迎えることができたのかもしれない。
ドロージが差し出した手には、ヴァナルガンドの紋章が置かれている。
これを受け取ればイベントは終わりだ。
終わりの瞬間をきちんと受け止めたのは、やはりトライだった。
「まかせな、俺らがやってやるからよ」
ヴァナルガンドとフェンリルの接触、それがどういう設定でどうして不可能なのかはわからない。
それでもトライはなんとかなるような気がしている。
今回のイベントよりも、遥かに難しい内容が待っているかもしれない。
それでも、この仲間と一緒なら、なんとかできるはずだと信じている。
良くも悪くも、彼は難しいことを考えたりはしないから。
ドロージから紋章を受け取るトライ。
手に持った瞬間、トライの目の前にはウィンドウが出現すると共に、聞きなれた電子音が鳴り響く
ピロリン♪
イベント「ヴァナルガンド覚醒!」
ヴァナルガンドに限りなく近い加護を持ったあなたは、紋章の力によって一時的に神を顕現させることができます。
さあ神の言葉に耳を傾け、新たな力を手に入れましょう。
クリア条件
ヴァナルガンドとの会話。
一瞬で視界がブーストアクションの時のようにモノクロの世界へと変化した。
ブーストアクションと違うのは、パーティーを組んでいた四人だけが色を持ち、周囲はゆっくりなのではなく「止まって」いた。
「なんだぁ?」
「普通に考えてイベントだろうな、トライの加護に反応したんじゃないかと思うんだが」
それほど焦る気配の無い四人、それは全員がここに至るまでに研ぎ澄まされた感覚が、危険な空気を感じていないせいだ。
少しして、トライの持っていた紋章が輝き、人のような形に変化していく。
やがて光がだんだんと物質へと変化していき、そこに鎧姿の男性が出現した。
「我が名はヴァナルガンド」
鎧姿の男性は、自分のことをそう言った。
腕と肩、胸、腰、足には複雑な形状の頑強そうな鎧を纏っている。
スマートな体系に合わせるようにして纏った真紅と黒でデザインされたインナー。
下顎を露出しているが、鎧と同じような複雑な形状をしている狼を模したような兜。
そしてトライと同じ、「破壊の杖」というスキル専用アイテムを羽のようにして背中に展開している姿。
「我が半身をよくぞ倒してくれた、礼を言おう。
おかげでこの通り……」
「ガルッ!」
ピョコンッ
声の力強さとは裏腹に、ヴァナルガンドの兜の上に小さな手乗りサイズの動物が出現する。
よく見ればフェンリルがものすごくちっちゃくなっている、というのがよくわかるものだった。
「お主に吸収されたフェンリルの力が、お主を通じて我が下へと来ることが出来た。
これで我々は再び1つになることができる……」
ヘッヘッヘッと尻尾を振り、満面の笑みを浮かべるフェンリル。
それが先ほどまで死闘を繰り広げたモンスターと同じ存在とは、誰も信じられないだろう。
「せめてもの礼だ、お主には我が力の全てを授けよう。
この世にはフェンリルよりも強い存在がいる、我が力とお主の力があれば、それらを打ち倒すこともできるであろう」
次の瞬間、ヴァナルガンドとフェンリルが光の粒子と化し、トライの体の中へと吸収されていった。
「武運を祈る」
「・・・おう」
ゆっくりと新たな力が体の中から溢れてくる感覚の中、トライはそれだけ呟いた。
イベント「ヴァナルガンド覚醒!」クリア
あなたはヴァナルガンドより新たな力を授かりました。
強大な力を手に入れたあなたがこれからすべきことは……?
クリア報酬
スキル「ヴァナルガンド化」取得。
「……なんだよ、すぐ終わっちまったじゃねぇか」
普通であれば衝撃とか感激とか驚嘆などの言葉を使うその場面。
しかしトライは、かっこつけた言葉まで言ったのに受け取った瞬間に終わってしまったことを思い、「残念」という言葉が先に浮かんでしまうのであった。
――――――――――
「ぶっちょーーーう!!!」
「わかってる、わかってるからそんなに顔を近づけるな」
おっさん達のいる会社では、例の部下が殺さんばかりの勢いで部長であるおっさんに詰め寄っていた。
「フェンリル倒しましたよ! 文句ないッスよね!?
彼らが勇者で決まりッスよね!?」
相変わらず部下は上司に対する言葉使いとは思えない話し方で捲し立てる。
「ああ、しかもヴァナルガンド覚醒まで条件を満たしてたんだ。
これはさすがに彼を……ゴホンッ、彼『ら』を選ばないわけにはいかないだろう」
彼を、と言った瞬間に部下が般若のような形相でおっさんを睨みつける。
意味をすぐに理解したおっさんが「彼ら」と言いなおした瞬間に満面の笑みになるのだった。
「すぐに、というわけにはいかん。
親が知り合いだから一応確認してからだな、お前は上にほうk「了解ッス!」・・・早いな」
バヒュン、という漫画の効果音が聞こえそうな速さで飛び出していく部下を眺めつつ、おっさんはパソコンのチャット機能を立ち上げた。
キーボードにもマウスにも「触れないまま」で……
【おう、どうした】
おっさんの「脳内に」映し出される画像には、真っ暗なベッドルームらしき場所にいる男性が映し出された。
【ん? お楽しみ中だったか?】
【バカ言え、こっちが今何時だと思ってるんだ。
何かあったのか?】
おっさんの画面に映し出されている男、それは三神の父であった。
いつかと同じようにパソコン画面を見ているのであろう、椅子の背もたれに深く座り、「腕を組んだまま」の状態でそこにいた。
【お前の息子がフェンリルを倒した、しかも四人で。
おまけにヴァナルガンド覚醒も済ませた】
ガタガタンッと椅子を鳴らし、パソコン画面を掴むようにして迫る父。
【マジかっ!?
じゃあ「勇者」認定か!?】
【落ち着け、「電子精霊」がびびってるぞ。
とりあえず承認をとってる最中だが、ほぼ間違い無く許可されるだろうな。
経歴を追えば「元勇者」のお前にぶつかるだろうし……】
【おーけい、承認出すのは確か元老院だったよな、ちょっと転移して脅してくるわ】
【やめろ、そして簡単に「世界間転移」を使おうとするな。
明日には承認が降りるはずだから少し待ってろ】
【ってことは明日には転移か?】
【時間にもよるが、普通に行けば明日の午前中には承認、そっから作業を開始して準備が整うのは夕方だろうな。
我々の準備が終わる前にトライ……従朗君達がログインしていたら次の日に延期だ】
【そっか、じゃあ俺達は向こうで会ったほうが早いかな?】
【さぁな、その辺はまかせるよ】
二人の会話は、一切キーボードにもマウスにも触れないままだった。
駆け足気味というか一気に仕上げたため色々あれです。
※2012/10/17
誤字修正
「残HPが30%くらいまでまら」
↓
「残HPが30%くらいまでなら」




