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第5話・つまり俺は負けず嫌いなわけだ

主人公のバカイベント一つ目が終了します

「おるぁぁああ!」


 金属同士がぶつかり合う嫌な響きを周囲に響かせ、トライの一撃が筋肉ダルマの横っ腹を斬り抜いた。


「よしっ! 手応えあああぁぁぶねぇなゴルァ!」


 前回と違い、切り傷程度の浅い傷をつけられたことを確認した。

 ちょっと喜んだ瞬間を狙ったかのような後方からの矢もすんでのところでなんとか避け、後方の筋肉ダルマに罵声を飛ばしておく余裕さえある。


(さぁこっからが本番だ……)


 ジリジリと二体の筋肉を確認しながら、トライから見て右側にある林のほうへと近寄っていく。

 右側に寄った理由としては、矢が飛んできた方向が左後方の林からだったからである。

 林の中に入れば弓矢では射線が遮られやすい。

 林がどこまで続いているかわからないが、最悪でも弓手アーチャーから距離をとるくらいはできるだろう。


 ゴクリと生唾を飲み込み、筋肉戦士との距離を気にしながら筋肉弓手がいるであろう林の中をじっと見つめる。

 そして、何かが光った瞬間、トライは全力で林の中へと飛び込んだ。


 一瞬遅れて風切り音が聞こえ、トライの頭があった場所を矢が通過する。


「ゴフー!!!」


 さらに遅れて、筋肉戦士がトライを追って林に突っ込んでくる。


(よし!)


 そもそも戦士と弓手は離れた位置にいたこともあり、足の速さという点も加わった結果うまい具合に二体を引き離すことに成功した。


 さらにうまいことに、林は結構な広さがあったようで十分な距離が稼げた。

 さらにさらに、もはやご都合主義レベルにうまいことが重なり、林の中にちょうど一対一が可能なくらいの開けた場所に出ることが出来た。


(ご都合主義は綾華とテルの担当なんだがな、まあ助かるぜ)


 少し先に到着したトライは、両手剣を改めて構え直し、筋肉戦士が出てくるであろう方向に向けて構える。

 剣は地面と水平に、腰のあたりで両手でしっかりと固定する、左足を前に真っ直ぐ、右足は後ろで横向きに。

 あえて体に力を溜めず、腰の回転だけで振れるように上半身は後ろを向くくらいに捻っておく、ただし無理な力がかからない程度に。


 ガサガサと茂みが揺れ、何かが走ってくるのがわかる。

 林の中はそれなりに暗い、相手の輪郭がはっきり見えたころには、もうトライと筋肉の接触は数秒の猶予しか無かった。


「ゴファ!」


 ギリッと音がするほどに歯を食い縛り、全身の筋肉(注:敵のことではない)に一気に力を込める。

 右足を踏み締め、やや前傾姿勢になった瞬間に左足に力を込める。

 腰を回転させつつも、一瞬だけ両腕は遅らせて、体に引っ張られる力を両腕に加算する。

 右手は手が痛くなるほどに剣をがっちりと握りしめて押し出すように、逆に左手は左側へ引くように、力よりも剣の動きを制御するように、手首を微妙に捻りながら扱う。


 タイミングを見計らったように飛び上がり、ジャストミートの瞬間に合わせるように筋肉と両手剣が交差した。


 ガッギィーン!


 が、そんなトライ渾身の一撃もシステム上は普通の攻撃に過ぎなかった。

 RPGで言うなら「指先に全力を込めてたたかうコマンドを押した!」みたいなもので、別段威力があがったりクリティカルが出たりしない。


 つまり筋肉ダルマには先ほどと同じく毛ほどの傷がついただけ。


 斬り抜けるようにして交差したのでトライは物理的ダメージは負っていない。

 精神的ダメージはかなりのものを食らったようだが。


(ちっ、最初の一撃とほとんど変わらねぇ手応えかよ!

 こりゃ力具合よか手数だな)


 ほとんどどころか一切変わらない、ということを教えてくれる親切な人はいなかった。


(そのへんはやっぱレベルなんだろうな……)


 着地した筋肉ダルマが振り返り、トライに向かってタックルしてくる。

 斬り抜けたとは言え、二人の距離はわずか数歩分。

 結構な速度でつっこんでくる筋肉の塊は、普通ならまともに食らうか、よくて真正面から受け止めるのが精一杯だろう。


 普通は。


 トライは先ほど、飛び掛かる筋肉の右側、トライから見て左側を斬りつけながら攻撃した。

 当然抜けるのも左側。

 振り向く時は右側に回転するのが普通だ。

 そしてトライはリアルでケンカ番長と呼ばれているくらいケンカ慣れしている。

 当然のようにタックルないし突っ込んでくるくらいのことは予想していたので、思い切り右側に回転するようにして振り向いた、当然両手で持った剣を伴って。


 ガッギィーン!


 再び金属音が鳴り響く。

 もはやこの音がすれば当たったと思って間違いなさそうだ。


 トライから見て右側に斬り抜け、さらに体を反転させて背後から斬りつける。


 ガッギィーン!


 右側に抜ければ、剣を持った手は筋肉の胴体を挟んで反対側にある。

 つまりこちらに抜けると決めた時点で攻撃のチャンスは2回になったというわけだった。


 ちなみに左側に抜けていた場合、相手の剣が目の前にあることになるためこうはいかない。

 相手が無理矢理剣を振ってきたかもしれないし、それでなくても「振り向く」という動作を省略できるため、こうも簡単に攻撃を加えることはできなかっただろう。


(初撃も含めて今ので4発、装甲値が削れるまでやっちゃるぜ!)


 紙一重に近い攻防の繰り返し、しかしトライのケンカで鍛えた理にかなった動きは徐々に筋肉の装甲値を削っていく。

 対するトライも完全に無傷というわけではない。

 かすり傷のようなものばかりだが、少なからず攻撃を食らっている。


 FGでは限りなくリアルに近いダメージ判定が行われる、どうやってそんな詳細に設定できたのかは疑問なのだが、開発側の驚異の技術力としか言いようがない。


 頭に食らえば適当な攻撃でも即死判定が出るし、右腕が吹き飛ばされれば右腕が使えなくなるものの、即死はしない。


 逆に言えばかすり傷程度で死ぬような人間はいないということになる。

 しかしダメージはダメージ、小さいとはいえ確実にそれは蓄積されていき、トライのHPはもはや風前の灯であった(なんと言ってもLVは1であるし、元々少ないが)、あと一撃でもまともに食らえば再び死に戻りである。


 15分をかけて戦い続け、実に17回目の攻撃が当たった瞬間だった。


 ジャリィ!


 明らかに音が違った。

 金属にぶつかったような音ではなく、砂に棒をつっこんだ時のようなくぐもった音。

 見た目的にも、先ほどまでと比べて明らかに大きな切り傷が生まれている。


(装甲値が減ってきたのか? 油断は禁物、ここは慎重に行くべきだ)


 しかしトライは勝負を焦らない、焦っていいことがあった試しが無い、という経験則に従って逸る気持ちを抑え込む。


 さらに再び斬撃が当たった時。


 ジャッ!


 また音が変わっていた。

 先ほどが砂に棒をつっこんだような音だとすれば、今度は砂地を棒で凪ぎ払ったときのような音。

 トライの腕に伝わってくる手応えも、確実に感じている。

 音に反して筋肉のほうは先ほどまでと同じような傷しかできていない。

 これはグロテスク表現に規制がかかっているためというシステム的な理由なのだが、トライは当然そんなことは知らない、知らないが故に冷静に焦らず戦い続けることを選んだ。


(装甲値が低下してもそもそもの攻撃力が高くねぇんだ。

 装甲値が最低限まで低下するまで粘るか、このまま低ダメージをひたすら食らわせ続けるしかねぇ!)


 そこから戦いは変わることなくさらに10分、トライの攻撃は9回ほど当たったが、トライ自身の集中力が切れはじめていた。

 何度かひやりとする場面があったし、完全に運がよかっただけという理由で回避したことが何度もあった。

 避けられない攻撃をギリギリ剣で受けたこともあったし、かすり傷も全身にできている。


 だが、それと同じくらいに目の前の筋肉ダルマには傷ができている。

 動きが鈍ったような様子は無いが、それはトライとて同じこと。

 しかし筋肉ダルマに攻撃が当たった時の音は、もはや見た目通りの肉を剣で切り裂く表現するには若干グロテスクな音に変化している。(ちなみにこの効果音は消せる、グロ耐性が無い人用)


 トライは終わりが近いことを半ば確信していた、何故と聞いたら恐らく勘と答えるだろうが。


 しかしあながち間違いでもない、この筋肉ダルマは装甲値が低下しはじめてから攻撃をあて続けると、初期装備でも装甲値がなくなるあたりでちょうど倒せるように計算されたHP設定がされている。

 もちろん初期装備での計算のため、実際にはもっと早く倒せるし、そもそも装甲値を上回っていないプレイヤーは戦わないことのほうが多いが。


(次あたりか?)


 疑問系だが、恐らく間違い無いだろうとトライは思う。

 勘だが。


(俺の集中力が持つか?

 ……いや、この場合持たせてみせる!ってのが正解か)


 誰が聞いて誰に答えてどこが正解だったのかは誰にもわからないが、とりあえずトライはそういう方向で思考をまとめ、改めて構えなおす。


 空気を読んだ筋肉も再び構え、両者が睨み合うこと数秒。


 先に動いたのは筋肉ダルマのほうだった。


「ゴッ! フッ! アッー!」


「ガチムチかっ!!!」


 筋肉ダルマが改心の一撃を放つ!(システム上は「たたかう」)

 しかしトライは冷静に、決して無視すること無く二種類の別々の攻撃(「たたかう」とボケ?)に対し同時に対処した。


 軽くジャンプしながら剣を大きく持ち上げ、飛び込みに合わせて上から下へと真っ直ぐ降り下ろしてくる筋肉。(モーションは違うがつまり「たたかう」)

 それに対し、最初と同じように剣を地面と水平に構え、居合い抜きのような要領で剣を思い切り振り抜くトライ。(しかしこれも「たたかう」)

 両者が再び交差し、縦と横に一線ずつ白刃の軌跡が煌めいた。(煌めいても所詮は「たたかう」)


 両者は剣を振り抜いた姿勢のまま、背を向けあいわずか数歩ほどの地点で硬直する。

 HPが0になったときの不自然な停止、死を意味するその状態が理由で停止しているのは……




 筋肉のほうだった




 突然パキィンというガラスが砕けたような音が鳴り響き、筋肉の姿が無数の小さな三角形の集まりとなって浮き上がるようにして少しずつ消えていく。

 時間にしてわずか1秒ほどに過ぎないが、機械的とも言えるその消えかた。


 戦闘の終わりを告げる瞬間だった。


ピロリン♪


 振り抜いた姿勢のままだったトライの耳に電子音が聞こえた。

 三度目となるその音に、システム的に何かあったことがトライに知らされる。

 それはつまり、レベルアップを知らせるための効果音だったことをすぐに彼は知る。



レベルアップ!

 ステータスポイントを入手しました。

 スキルポイントを入手しました。



 気になる点があったが、今のトライにそれを確認している余裕は無かった。


「ゴフー、ゴフー」


 なぜなら目の前の茂みに、やたら見覚えのあるシルエットが発生していたからだ。


 死んだ時を逆再生するように、無数の三角形が水のように何もない空間から流れ出てくる。

 それがやがて一つの形を作り上げていき、つい先ほどまで戦っていた強敵と全く同じ姿になっていく。


「チッ、少しは休ませろや……」


 悪態をつきながらも、トライは自分の体を確認する。

 レベルアップしたおかげなのか、身体中にあった小さな傷が全て消えている。

 先程までより体が軽いような気もしなくもない。


「とことんまでやっちゃるか!」


 筋肉がトライに気づいたようで、仇を見るような目で睨みつける。(ような気がする)

 トライは再び剣を構え、それを合図にしたように筋肉が飛びかかってくる。


 新たなる戦いが始まった……



――――――――――



 このゲームではモンスターにトドメを刺したプレイヤーに、所謂ドロップアイテムが一部レアアイテムを除いて勝手に収集される。


 筋肉を倒したトライにも当然そうなっているのだが、本人はアイテム欄を開く間もなく再戦しているので気づいていない。

 彼のアイテムに追加されているものの名前を見た人がいたならば、恐らく呆れていただろう。


オーガの牙×1


 ゴブリンよりも3ランクくらい上の敵を、ゴブリンだと思って戦い続けるトライであった……


気づけよ!色々と気づけよ主人公!

ゲームやったことない=ゴブリンの一般的なイメージが存在しない、バカなんです


※2012/8/27

メタ発言を修正

三度目となる~→後半を修正・加筆

※2012/9/4

文章を全体的に修正、内容には変化なし

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