第49話・つまり決着の時ってわけだ
バトル回です。
駆け足ですがどうぞ。
フェンリル
数々のマップが発見された現在においても、未だ最強の一角から落ちることの無いボスモンスター。
圧倒的なまでの身体能力、数が意味をなさない強力なスキル、魔法以外ではまともなダメージさえ与えることが出来ない防御力。
出現するマップはどこにも存在しないが、逆にどこにでも出現する。
レベル140以上のパーティーが、ダンジョンと呼べるマップ以外の場所で累計3時間以上の戦闘を行った場合に低確率で出現し、戦闘終了から1時間で消える特殊なボス。
かつての上位プレイヤーでさえ、簡単だとは口が裂けても言えない正に化物。
そのフェンリルは今、これから起こるであろう激戦を前に、静かに戦いの火蓋が落とされるのを待っていた……
そして―――
赤黒い流星が目の前に現れ、戦いは始まった。
――――――――――
「行くぜ」
フェンリルへと続く森へと踏み込んだトライ達は、前回「暴食」の洗礼を受けた場所の少し手前にいた。
再生不可能ではないかとさえ思われるほど荒らされた森は、破壊の痕跡さえ残さず元通りに再生している。
恐らくこの場所から10歩も踏み出せば、前回同様に先手を取られる形になっただろう。
「準備はいいな?
わかってると思うが20分だ、20分を超えても倒せないようなら逃げるぞ。
……カウントスタート」
全員が静かに頷いたのを確認し、シャインは全員に支援魔法をかけ始める。
ゴットブレスの固有スキル「オールブースター」によって、効果時間が2倍になった支援魔法の効果は約20分。
再び支援魔法をかけ直す余裕は無い、ということだろう。
支援魔法が順次かけられていく中、全員が緊張しているのか空気がピリピリとしてくる。
これから最強と名高いフェンリル、それにたったの四人で挑もうとしている。
1度でも会ったことのあるプレイヤーなら全員が言ったであろう―――
「それは無謀だ」
―――と。
決して無謀では無い。
かつてフェンリルを討伐したプレイヤー達から得た情報により、どのくらいのステータスが必要なのかは大体予想がついている。
今の彼らなら、ギリギリではあるが20分で倒せるはずのダメージを与えることも可能だ。
少なくとも、シャインはそれを信じているし、そのシャインの考えを疑うようなメンバーはこの中にはいない。
後は、やるだけだ。
「『アジリティバースト』」
「『ブーストアクション』」
二人がスキルを発動させ、トライが赤黒い流星のように見える速度で飛び出し、彼らの戦いは始まった。
――――――――――
「GUAAA!」
ブーストアクションの効果時間である3秒が終わり、流星だった勢いのままトライは滑るようにフェンリルの横を通り抜けた。
一瞬だけ遅れて、攻撃音が周囲に響く。
ガガガガガッキィーン!
それも何発分も。
ブーストアクションによる加速された時間の中で、トライが繰り出した攻撃は5回。
頭に飛び込みながら降り下ろし、着地と同時に降り下ろした剣を横方向へと加速させ、そのまま回転しての横薙ぎでフェンリルの右腕を叩く。
回転を止めずにさらに力を加えて加速させ、首を真下から切り飛ばす勢いで振り上げる。
さらに振り上げた勢いのまま1回転し、今度は肩のあたりを切り上げながら同時に飛び上がり、空中から脇腹あたりを斜めに切りつけながら着地した。
しかし
加護の効果で装甲値こそある程度無視してはいるものの、強固な防御を貫くには通常攻撃では弱すぎたようだ。
ブーストアクション中は他のスキルが使えなくなる仕様はわかっていたので、あくまでも接近するために使うという予定ではあったようだが。
「『おおおるぁあああ』!!」
だからブーストアクションの効果が終了した瞬間、別のスキルを発動させてトライは振り向こうとする。
トライのベルセルクブレードが赤い光を帯び、炎のように揺らめくそれをフェンリルへとぶつけるべく力を込める。
ゴッ
という音が聞こえたのは、フェンリルが動いた後だった。
ほんの一瞬、トライが横を通り抜け、振り返るまでのわずかな時間。
その間にフェンリルは無傷であった左腕を大きく振り回し、体ごと向きを変えてトライの目の前に迫っていた。
今更動きを止められない、むしろ止めてしまえばただ攻撃をくらうだけになってしまう。
それを頭ではなく、本能で察知し、本能であるがゆえに脊髄反射レベルでそのまま攻撃を続行するトライ。
左回転させていた体をそのままさらに左へと向けて力を込め、腕の力では無く体の力で剣を引っ張る。
胸の高さに来るように若干持ち上げながら横薙ぎを繰り出し、腕とぶつかる瞬間に刃の背に肩を押し付けて衝撃に備える。
ドガン、と剣と腕がぶつかり合ったとは思えない音を響かせ、一人と1体は硬直した。
「ぬぐぅぅあっ!」
「GURRR」
押し合う剣と腕、トライの圧倒的なSTRと拮抗するフェンリルの攻撃。
もしトライがスキルを発動させていなかったなら、彼は一方的に吹き飛ばされていたかもしれない。
いや、スキルを起動させている今でさえ、本来であれば吹き飛ばされているはずなのであろう。
それが拮抗している原因は、彼の剣をしっかりと見ていた人間ならばわかっただろう。
トライの剣が帯びている赤い炎のような光が、腕と接触する一瞬だけ「青い光」に包まれていたことを。
スキル「ガードアタック」が一瞬だけ発動していたことを……
ズギュン!
空気を切り裂く轟音が響き、リナの弓から放たれた青白い光の塊がフェンリルの目を狙って飛んでくる。
トライを睨みつけ、死角からの攻撃であったはずのその攻撃は、わずかに体を引かれて顔の前を通過する結果となった。
ズギュン!
ズギュン!
しかしその行動を予測していたかのように、執拗なまでに目を狙った同じ攻撃が飛んでくる。
わずかな回避をしただけでは避けられないと判断したらしいフェンリルは一度トライから離れ、大きく後ろに飛び退いた。
真の狙いがその行動をさせることであったとは気づかずに。
「『アビスフレイム』」
突如、着地点であろう場所が真っ黒なものへと変化する。
同時にその上空では、フェンリルよりも巨大な金のラインで描かれた魔法陣が出現する。
フェンリルがその地点に着地すると同時に―――
ズドドドドドドン
―――マシンガンのような連続音を響かせ、花火のような勢いで黒い炎が次々と魔法陣に向けて地面から飛び出していく。
花火と違うのは、途中で爆発したりすることは無く、吸い込まれるように魔法陣へぶつかっては消えていくことであろう。
その光景を遠くから見ていたプレイヤーがいたのなら、その花火が魔法陣を通過したあとで1箇所に集中していくところも見えたであろう。
風船のように膨らみ続け、やがて炎の打ち上げが終わったと思われた瞬間に、「それ」は起こる。
まるで魔法陣が台座でもあったかのように、突然それは消え去った。
支えを失った黒炎は、大地に向かって弾丸の如く落下する。
フェンリルを飲み込み、大地へと接触した黒炎は大爆発を起こし、その役目を終えた。
「―――――っ!!!」
魔法レベル10の大魔法が巻き起こした爆発の中心、まだ黒炎の炎が渦巻く中から、突然絵の具のような真っ白な光が放たれる。
近くにいたトライを無視し、リナがいるであろう矢が飛んできた方向とは見当違いな場所に向けて。
あらゆるものを食い散らかす専用スキル「暴食」が、トロンへと向かって放たれた。
「『スキルインターセプト』」
しかしその光は、守るようにして立ち塞がるシャインによって止められることになる。
オーロラのように輝く光の壁がシャインの前に展開され、あらゆるスキルを1度だけ完全に無効化するその光によってフェンリルの暴食が掻き消される。。
「『ジャイアントビースト』! スコール、ハティ、お願い!」
スキル後のわずかな隙をつくようにして動いたのはリナだ。
一瞬にして巨大化した2匹の狼が、やはり一瞬にしてフェンリルへと近づく。
スコールは周囲が歪んで見えるほどの炎を、ハティはダイヤモンドダストがキラキラと輝く冷気を、それぞれの口から吐き出した。
「ヴォオオオオオオオオッ!」
「ゴァアアアアアアアッ!」
それに対してフェンリルが取った行動は、防ぐでも避けるでも無かった。
なんと前に出た。
炎も冷気もその身に受け止めながら、少しとして後ろに下がることもせずに2体の目の前へと到達する。
両の腕で一本ずつ、スコールとハティに向けて振り下ろされる。
かつての上位プレイヤーでさえまともに食らえばただでは済まないその剛爪が、2匹の狼を捕らえようとして―――
ガガガンッ!
ガガガンッ!
―――それぞれの腕に3本ずつ、盾のような剣が突きたって動きを妨害された。
同時に赤黒い影がフェンリルの視界に映る、一瞬にして5度も自らの体に傷をつけた、あの赤黒い影が。
「『サクリファイス』!」
トライの残HPが半分まで減り、一瞬だけ真っ赤に輝いたベルセルクブレードが額に叩きつけられる。
「GYAUN!?」
空中という踏ん張りの利かない場所から思い切り頭を叩かれ、姿勢を保てずに頭から地面へ落とされたフェンリル。
そこに向けてさらに遠距離攻撃スキルのデッドラインを打ち込んでいくトライ。
「『おら』『おら』『おらぁっ』!」
斬撃が空気を切り裂き、衝撃波となって地面へ突き落とされたフェンリルへと向かう。
「『シューティングスター』!」
ギリギリと弓を限界まで引き絞り、遥か上空へと向けてリナが光り輝く矢を放つ。
一瞬の後、それは光の雨となってフェンリルへと降り注いでいった。
「『デストラクション・ランス』」
トロンが再び魔法レベル10のスキルを発動し、自身の身長の倍はあろうかという巨大な光の槍が頭上に形成される。
光であるはずなのになぜか恐怖を感じさせるその槍は、手を振り下ろす動作に合わせて高速で飛び出し、フェンリルの腹へと突き刺さる。
「GYAAAAAA!?」
苦悶の雄たけびをあげるフェンリル。
これがただの雄たけびでしか無かったのなら、それはただの隙でしか無かった。
絶好の攻撃チャンスとなるはずのその瞬間。
トライ達が感じたのはチャンスではなく、ピンチだった。
これは雄叫びではなく、予備動作だ。
フェンリル最強の攻撃は「暴食」では無い。
その最強攻撃を使うための、必ず入る予備動作。
隙と判断し、近寄ってきたプレイヤーを死へと導く行動。
プレイヤーがその攻撃につけた通称。
それはフェンリルの登場する北欧神話になぞらえ、「神々の黄昏」と呼ばれていた。
「間に合えっ、『リプロダクション』!」
シャインが咄嗟にスキルを発動し、彼を中心として巨大な魔法陣が出現する。
出現した魔法陣は一瞬で光り輝き、フェンリルも何もかもを白の世界へと飲み込んだ。
真っ白になった世界で、フェンリルのラグナロクが発動する。
フェンリルの周囲が緑と黒と白が立ち上るドーム状のエフェクトを発生させ、それがシャインの魔法陣よりも遥かに大きくなっていく。
トライを飲み込み、スコールとハティも飲み込み、リナも、シャインも、一番離れていたトロンを飲み込んでもなお、さらに巨大になっていく。
シャインの放ったスキルの効果により、急激な勢いで回復していくトライのHP。
回復した分を上回る速度でHPを減少させていくフェンリルのラグナロク。
自身の使用したスキルによってHPが減っていたトライは、事前情報から知ったダメージ量から考える限り、生き残れるかどうかはギリギリのラインだ。
普通は回復させるべきなのだろう、アイテム欄から直接回復アイテムを使用して、少しでも安全な状態にするべきなのだろう。
だが普通ではないからこそ、ギリギリになるからこそ、このピンチがチャンスに変わることをトライは知っている。
どこかでこうなるだろうと思っていたから、全員がこの瞬間のためにスキルを選んできた。
この攻撃をギリギリで耐えた瞬間が、この戦いの終わりだ。
その通りに全員が動いてくれるかどうかなんて考える必要は無い。
この一撃に、全員が望みを賭けてここに来たはずだったから。
(『スーパーアーマー』)
トライは声に出さずにスキルを発動させ、その瞬間が来るのをじっと待つのだった……
――――――――――
「一撃で倒せる?」
一般プレイヤーが大分落ち着きを取り戻し、いつもの場所でいつもの会話をできるようになっていた頃。
トライ達四人はそんな会話をしていた。
「そう一撃で倒せる、推測の話でしか無いけども」
話の内容は、フェンリルを一撃で倒せるかもしれないという内容だった。
「詳しく聞いてもいいかしら?」
「わかりやすく説明してくださいね」
女性陣は半信半疑、といった表情で内容を確認してくる。
かつて手も足も出ずに完敗した相手をたった一撃で倒せる、などという話をすぐに信用するのは難しいだろう。
「がんばってみるけど、トライには理解が無理そうな内容なんだよな」
「俺が何やりゃいいかだけ後で教えてくれりゃいいぜ」
だがトライは、信じた。
信じて、疑わず、何をすればいいのかだけを聞こうとする。
それがどんなに無茶な内容であったとしても、シャインの言うことなら大丈夫だと信じているから。
「じゃあ説明するよ。
フェンリルの最大威力の攻撃、通称ラグナロクが発動した瞬間がチャンスだ」
神妙な顔をして話すシャイン。
無謀なことをあえて言っている、と言うのが伝わってくる表情だ。
「ラグナロク発動中と、発動してからほんの数秒間だけ、フェンリルには即死判定ポイントらしきものが出現することがわかってる。
ただし防御膜があって、ちょっとやそっとの攻撃じゃ全く手が出せないらしい。
一度本気で狙ったプレイヤー達が、今のトライの最大威力が出る攻撃くらいのダメージを出して傷もつかなかったくらいに、ね」
らしきもの、らしい、という言葉が出てくるのは、結局のところ誰もそれを破壊できていないために本当にそうであるかが確認されていないからだ。
そうかもしれない、そうであってほしい、そんな希望的観測の結果でしか無い。
「それって……」
無理ってことじゃ、そう続けようとしたトロンの言葉に被せるようにしてトライが発言した。
「んで?どうやって壊すんだ?」
トライは疑わない、シャインがそれを打開する策があるからこそ、こんな話をしているのだということを。
「……個人的な意見だけど、これはフェンリルの即死ポイントが異常に高い装甲値だからなんだと思うんだ。
それでこれはあまり知られていないんだけど、バッドステータスの恐怖と麻痺が同時にかかると、一時的に装甲値が減少する効果があるんだ。
プレイヤー・モンスターどちらも、ね」
これがあまり知られていない理由は、恐怖と麻痺が同時に発動するような状況が滅多に起こらないためだ。
一般的なモンスターはどちらかがかかった時点で一気に攻め込まれ、両方かかった状態で戦闘が続くということがほとんど無い。
ボスモンスターは基本的にかかることはかかるが、状態異常への耐性が高いのか効果時間が極端に短い場合が多いため、同時にかかることは滅多に無い。
そう、ボスが2つの状態異常に同時にかかることは「滅多に無い」のだ。
「・・・運任せですか?」
まさかの打開策が運任せ、という内容であったことに少なからず落胆するリナ。
言葉にして聞いたのは、そうではないと言ってほしかったからなのかもしれない。
そしてその願いは、叶えられる。
「確実にかかる瞬間が、ラグナロクの発動中だ」
ラグナロクの発動中は、フェンリルの防御関連が極端に低下していることが過去のプレイヤー達によって発見されている。
この状態の中では、防御力はもちろんあらゆる状態異常も一般モンスターと同レベルで持続することが確認されている。
そのためかつての討伐パーティーは、全力でラグナロクを防いで終了する瞬間に全力を叩き込むという戦法を使って倒していた。
「攻撃を食らった時の衝撃やヒットストップを無視できるスキル『スーパーアーマー』でラグナロク中に近づいて、恐怖と麻痺を同時にかける。
そして全員でフル支援した状態のトライの攻撃で、即死判定ポイントを破壊する。
それができれば、フェンリルを一撃で倒せるはずだ……」
無理だ、そんなことができるはずが無い、話をしているシャイン本人の表情が、誰よりもそれを語っているように見えた。
トロンもリナも、シャインの話を疑っているわけではない。
それでもやはり、理論上の話でしかない、机上の空論だと思わざるを得ない。
誰もそれを実行しようと本気で考えたりはしなかった。
トライ以外は。
「やろうぜ」
「……え?」
トライは軽く、本当に軽くそう言った。
ちょっとコンビニまで行ってくるとでも言うように、何の心配もしていないとさえ感じさせるように。
「だからやろうぜ、どこにあんだよその即死ポイントは」
「え、あ、いや、一応背中の……」
――――――――――
ラグナロクが終わるまであと少しという瞬間。
事態は一気に加速した。
「『エクステンションフォース・トリプルスペル』『空間拘束』4重起動!」
トロンがスキル発動するまで絶対に妨害されない装備品を身につけ、ラグナロクの中で魔法スキルを発動させる。
その魔法は空間そのものを拘束してモンスターの身動きを制限する魔法、火力を求められる魔法使い系ではネタに分類されるスキル。
「『ビーストソウル』!」
リナはトライへ向けて支援スキルを発動させる、同時にスコールとハティがその姿を光の粒子へと変え、トライに吸収されるようにして消えていく。
仲間にしたモンスターをプレイヤーへ憑依させ、一時的に身体能力を全て上昇させるスキルだ。
「『アジリティバースト』
トライ! いけええええええええええ!!!」
そして最後に、シャインがトライへと支援スキルを発動させる。
ゴッドブレスの固有スキルにより、20秒間AGIを3倍に上昇させる。
「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!」
スーパーアーマーの効果により、ラグナロクの攻撃中にあって自由に動き回れるトライ。
スコールとハティが力を貸してくれ、それがさらに3倍になったAGIで、4重に拘束されたフェンリルへと迫る。
ラグナロクがその効果を終え、何も無くなったフェンリルの周囲。
それに一気に近づく赤黒い流星。
流星が迫るのはフェンリルの背後。
華が開いたかのようにその配置を変えている即死ポイントが隠された場所。
鉄のような突起の内側に、輝く宝石のような即死ポイントが、トライの視界に映った。
「『デストラクション』!!!!!!」
ツッコミどころ満載ですね、とりあえず最後まで読んでいただけたらと思います。




