第34話・つまり若気の至りってのは後の黒歴史ってわけだ
黒歴史、タイプは違えどみんな1つは何かしら抱えてそうですよね
馬鹿だったり厨二病だったり悪ぶったりするのがかっこいいと思ってたり
・・・作者の黒歴史?多すぎて覚えていません
「やめろ! なにすんだよ!」
ギルド「○○は愛でるもの」のたまり場である、様々な種類の花が咲く広場。
普段は穏やかな空気が流れ、喧噪などとは程遠い雰囲気があるその場所は、今この瞬間だけ非常に物騒な空気に包まれていた。
「あんた自分が何してんのかわかってんのかよ!?
俺にこんなことしていいと思ってんのか!」
檻、と呼ぶのが正しい鉄の柵に囲まれた男は、複数の人間に睨まれている中でそう叫んでいた。
彼こそはトライ達に対し、MPKを繰り返して殺そうとしていた張本人である。
その檻は「マスターケージ」と呼ばれる代物で、マスターの名がつく通り「マスター」と名のつく立場の存在だけが使用できるシステムだ。
これは単純にプレイヤーの動きを拘束するもので、隙間がスカスカにある少し逞しい人間の腕ほどの太さがある鉄の棒が4本。
それが立方体の形になって内側にプレイヤーを囲んでいる状態になるのだが、不思議な力で隙間から抜け出すことが全くできない仕様になっている、所謂見えない壁がある状態だ。
このブロックの内側、つまり拘束されたプレイヤーは、一切のスキルが使用できなくなると共に、アイテム使用とあらゆる行動の攻撃判定が無くなる状態になる。
簡単に言ってしまえば無効化されてしまい、おまけに許可されない限り、自分からは一切の「決定」ができなくなるという特徴もある。
逆に外側からは直接攻撃以外、あらゆる干渉がし放題になるという特徴も併せ持っている。
あらゆる干渉が可能ということは、つまりプレイヤーからの攻撃も可能であり、一方的なPKも可能になるということでもある。
簡単に使えるシステムでは無いものの、一旦発動してしまえば対象になったプレイヤーに対応する術などない、一方的な機能だ。
本来ならこれはGM、つまり運営会社の管理部あたりが行う行為で、主に不正プレイヤーの取締に使われていた。
しかしこういった行動はユーザー数に対する運営側の人数の関係で、慢性的な人手不足というのが基本だ。
FGでもその傾向は顕著に表れており、現実として取り締まり切れていないというのが過去の話。
そこで解決策というほどではないが、このマスターケージをプレイヤーに、それもギルドマスターがギルドメンバーに対してのみ使用可能にしたのだ。
激的な効果があった、というほどではないが、これによって実際の検挙数はあがるとともに、GM側がギルド未所属プレイヤーのみを対象に動くようになれたというのは非常に大きい。
事実公式サイトに違反通報を行われるプレイヤーのほとんどがギルド未所属か、そもそもそういうギルドであるかのどちらかとなった。
もちろんこのシステムを悪用した行動もできないわけではないが、使用できるようになるためにはそれなりの手順を踏む必要があるため、本気で実行するプレイヤーは滅多にいない。
完全にいない、と言い切れないところがネットゲームの悲しいところではあるが、善にしても悪にしても有名なプレイヤーは実行することはない。
なにより使用そのものが悪質、と判断された場合には運営から非常に厳しい罰が与えられることもあり、普通のプレイヤーはまず手を出さないのだが。
逆に言えば、これを使用する・されるということは、それ自体がすでに大事になっているということである。
「ふむ、逆に聞こうか。
君は自分が何をしたかわかっているのかい?」
見た目と性癖以外はできる男、ミィエンはその言葉から切り出した。
交渉というのは意外と難しい、意外と簡単なことで状況がひっくり返ったりするもするのだが。
彼はそれを心得ているようだ。
「何をしたかって?
ハッ、馬鹿は空気がよめねぇみたいだったからさっ!
はっきりと教えてやっただけだっ、俺は何も悪くない!」
彼は若かった。
そう言えるくらいには、精神が未成熟だった。
何も悪くない、と言えるのは、良いと悪いの判別がついていないものだけが使う言葉だ。
「ふむ、どんな手段を使ってだね?」
そこそこの年齢、それこそ20台の微妙な正義感と社会常識を備えた程度のプレイヤーであったなら、彼の言葉に怒りを感じていたかもしれない。
事実、周囲にいるプレイヤーの何人かは額に青筋を浮かべ、今にも殴りかかりそうな雰囲気を出している。
ミィエンも感じているのかもしれないが、それを表情に出すようなことはせず、一つずつ事実を確認するようにしていく。
「ははっ、馬鹿どもが雑魚掃除程度でいきがってたからさっ。
雑魚をなめてると痛い目にあうって教えてやったさ、あいつら必死で笑えたよ!」
微妙にズレた返答をする彼だが、彼は言ってはいけない一言を理解する程度には頭が回るようだ。
つまり「MPK」という一言、それだけは言ってはいけないと理解しているのだ。
この単語は正確にはネットスラングという類の言葉で、公式には使用されている言葉ではない。
だがそれだけに、その言葉が意味するところは非常に広範囲にわたるため、この一言を放った瞬間に彼はあらゆる罰則を受ける足掛かりになってしまう。
「なるほどね、どのくらい必死だったのかな?
俺は現場を見ていないのでね、できれば教えてもらえると参考になるんだが」
何の参考になる、とは言わない。
そして相手を否定しない。
相手を肯定しているように話し、そのうえで相手からさらなる情報を引き出す。
交渉とまでのレベルではないものの、世間一般の営業マンだったらみんなやってる技術の1つだ。
余談だが、作者はこの程度できない営業マンはどうせ辞めて二度と来ないからあんまり話聞かなくていい、と言われたことがあるそうだ。
「ふん、必死も必死だったよ。
メタルゴーレム如きを自分で倒せない前衛に、座りながらじゃないとMPが持たない魔法職、節約しても回復以外まともに使えない支援職。
リナが来なかったらあのまま死んでたんじゃねーの、はははっ」
「ふむ、では君はそれを助けもしなかった、ということかね?」
「あぁ!? 当たり前だろうが!
自分からけしかけといて助ける馬鹿がどこにっ……」
そこまで言った瞬間に、ミィエンは片手をあげて彼の言葉を遮った。
そして彼に興味を失ったかのように、はぁとため息をついて後ろを振り返る。
振り返ったのはもちろん理由がある、そこに目的の人物がいるからであって、何もないところを見つめるような趣味はミィエンには無い。
「……だ、そうだが」
「おい? てめぇ何言って……」
もはやギルドマスターという上下関係さえ忘れ、年齢がわからないとはいえ年上に対して使っていい言葉使いでは無くなっている。
それさえも自分が正しいと信じ込んでいる彼にとっては気にならないが、彼が一番気にする人物の声が聞こえれば話は別だ。
「……さいてー、です」
その言葉を受け、ミィエンと男の態度が一瞬で変わった。
ミィエンは厳しい表情をさらに厳しくさせ、男のほうへと向き直る。
男は表情を青ざめさせ、ありえないものを聞いたかのように硬直する。
「……だ、そうだが」
ミィエンは多くを語らず、男に向けてそれだけを言った。
「な……なん……」
プロジェクターが出力する映像のように、ぼやけた輪郭を徐々にはっきりとさせながら、すぅっという感じである人物が現れる。
それはアサシンの『ミラージュスキン』を劣化版で使用可能にする特殊アイテムを使用し、最初からずっと話を聞いていたリナだった。
残念ながらアサシンという職業は、隠れることには長けていても見つけることには能力が低い。
何よりこのたまり場という憩いの場で、誰かがそんなスキルを使っているなんて思いもしなかったのだろう。
結果として、彼は自分で自分の首を絞めてしまうという事態になってしまっていた。
「利用規約では、他者に著しい不快感を与えた場合には罰則を与える、と記載されている。
マスターケージの使用者には、ゲームに支障をきたさない範囲で罰則を与える権限も与えられている。
俺が何を言いたいか、わからないわけじゃないよな?」
ちなみにこのゲームに支障をきたさない範囲、というものは非常に狭く設定されている。
アカウント停止や利用に関する部分はほとんどと言っていいぐらい設定できないし、装備やアイテムを取り上げるようなこともできない。
移動範囲を制限することはもちろん、行動に関しては抜け道が大量にある以上、ほとんど制限する意味がないような状態だ。
では逆に、何を設定することができるのかと言うと。
「や、やめろよ、俺がいなくなったら大変だろ。
俺がいなきゃこのギルドがどうなるかわかってんのかよ!?」
「ふむ、アサシンが一人いなくなった程度で揺らぐようなギルドにしたつもりは無いな。
誰も異議が無ければ、彼を『接触不可設定』にしようと思う。
みんなどうだろうか?」
接触不可設定
簡単に言ってしまえば、携帯やメールの着信拒否設定と同じような機能だ。
これを設定してしまうと、一部の接触しなければどうしようもないような状況を除き、お互いの干渉が一切できなくなる。
設定した瞬間から、彼の周囲には「○○は愛でるもの」のメンバーは誰一人いない状況になるし、逆にギルドメンバーからはケージの中の男が消えたように映る。
触ることも、話すこともできず、このギルドにいる限り遠距離会話でさえもできなくなってしまう。
さらにはこれまた製作会社脅威の技術力によって、人の「無意識」部分に対して何かの機能が作動するらしい。
簡単にいえばメンバーが近い位置にいたときに近寄りたくなくなるとか、近くに行こうとすると何か用事を思い出すとか、なんとなく今日は反対側に行ってみようと思うとか。
一体どういうシステムを組んだらそうなるのか未だに不明で、プレイヤー間でも都市伝説レベルで語られている機能だ。
つまりこれを設定されてしまえば、彼は物理的に二度と彼らに、そしてリナに会えなくなってしまう、ということを意味する。
「ついでに言えばリナの知り合い達にもIDを渡しておくからな、彼らにも会えなくなると思って間違いない」
ミィエンは優しい、穏やか、というのが少なくともギルドメンバー共通の認識だ。
それは間違っていないし、彼自身もそういう人間でありたいと思っている。
しかしリアルの影響なのかゲームの立場のせいなのかはわからないが、彼は非常に冷徹な一面も持ち合わせている。
それくらいには彼は大人、成熟が進んだ人間だった。
たとえ今まで一緒に遊んできた仲間であろうとも、罪は罪であり、罰はきちんと受けるべきであると。
それが彼自身の問題で済むうちはともかく、リナとその仲間までも巻き込もうとしている。
彼にとって、それを許すことはできなかったようだ。
「異議なし」
「異議なし」
「異議なし」
そしてそれはミィエンだけではなく、ミィエンと古くから一緒にいる仲間たちもそうであったようだ。
普段はふざけて馬鹿騒ぎをしているだけの彼らが、誰一人としてふざけた返答を返さない。
彼らにとって仲間とはそれだけ重要なものであり、ルールとはそれだけ順守するべきものだったのだ。
それが大人、という存在の有り方を示しているかのように、全員が真面目に返答をしたのだった。
「異議なし、です」
最後にリナが、アサシンの彼を見ながらそう言った。
その表情は、軽蔑や侮辱といった感情ではなく、ただ一つだけを表している。
「……とても、残念です」
残念だった、彼が少しだけ違う性格だったら、少しだけ大人だったら、少しだけ社会に対する知識があったら。
違う結末を迎えられたかもしれない、一緒に仲良くやれていたかもしれない。
言葉にする以上に、リナの表情はそれらを物語っていた。
「……あ、イヤ……だ、イヤだああああああ!!!」
リナの表情を見て、彼はやっと自分が何をしたのかを理解したようだった。
残念なのは、気づくのが致命的なまでに遅すぎたということだが。
「さよならだ。
除名処分、及びに接触不可設定を実行する」
「やめっ……」
彼の言葉は最後まで続けられることは無かった。
ゲームの世界で、リアルに作られたこのVRという世界で、これはゲームなんだと証明するようにして、パッと唐突に消えてしまった。
「ほんとに、残念です」
リナがそう呟く。
彼女の脳裏に映るのは、消える直前の男の表情。
この世の絶望を見たような、自分がどれだけ浅はかであったのかを知ったような表情。
彼は一歩だけ、今まで目を背けていた「現実」という世界の階段を上ったのだと、本人ではないからこそわかる表情だった。
広場に残った沈黙、それを自分から破ろうとする無粋なプレイヤーは、このギルドにはいなかった。
ちょっと唐突ですが彼に関する話はこれでおしまいです
正直な話をすると「今回は」と付けたいんですがね・・・
今後彼は出てくるかな?出てこないかな?むしろ作者が覚えてられるかな?(笑)
※2012/8/28
メタ発言を修正・・・する必要が無かった
細かい部分を若干修正
※2012/9/13
文章を全体的に修正、内容には変化なし




