表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/52

第3話・つまり最近のゲームは難易度が高いということだ

やっとログインしました

三神のバカロードが幕開けです

「うむ、10時だな」


 テルと別れ、片付けとか洗濯とか筋トレとか勉強とかだらだらとか色々やっているうちに時間はあっという間に過ぎていった。


 気づけばデータ送信が終わる予定の10時である。


 パソコン画面を覗いてみれば、きっちり送信が完了した旨を示す表示がされていた。

 あとはパソコン上でソフトを起動させ、ヘッドセットを着けて眠るようにすれば勝手にゲームスタートだ。


「ふむ、どうすっか」


 別段やることもないし、予習復習はきっちり終わらせてある。

 筋トレも最近はなまらない程度にしかやっていないため、今日のノルマは終わっている。

 洗濯、終わった。

 食事、もう食べた。

 掃除、夜中の10時にやったら近所迷惑だ。


「……ふむ」


 いつもなら風呂に入った後でだらだらしているうちに眠くなり、ベッドに向かって12時には寝るのがパターン。

 何事もなければ、と付け加える必要はあるのだが。(主に綾華とテル絡みの襲撃など)


 だが、今夜は「これ」がある。

 パソコン画面にあとはスタートボタンをクリックするだけの状態で待機している「それ」が。

 さあやれ、いまやれ、すぐにやれ、と全力でアピールしているかのように、三神の視線をがっちり捉えて逃がそうとしない。


「……ちょっとやってみっか」


 結局、誘惑に負けた三神はスタートをクリックし、ヘッドセット装着を促す文字が表示されたのを確認してからベッドへと向かう。


(テルと綾華にはああ言っちまったし、二人には黙っとくか)


 翌日の綾華が始めるのに合わせてスタートすると言っていた手前、少しだけ罪悪感が感じられた三神であったが、せめて戦闘経験くらいはあったほうが二人のためになるだろうと思い、ゲームが始まるのを静かに待った。



――――――――――



 独特の脳に侵入されるような感覚のあと、光を完全にシャットダウンしていたヘッドセットの前面部分が明るくなっていく。

 眩しいくらいの白一色に包まれ、トンネルを抜けた瞬間のように周囲の景色が徐々にはっきりとしてくる。


「……教会?」


 周囲は石造りのしっかりした構造で、近代建築のように石の表面が均一で平坦になっている。

 世界観は中世ヨーロッパを基本にしているはずなのだが、わかる人にはわかるシステム的なありえなさであった。

 しかしそのありえなさのおかげで荘厳な雰囲気を強化しており、たいした装飾も無いのに教会だと思えるあたり、制作側もがんばったのがよくわかった。


 三神は教会の檀上、神父らしき人物の前に直立不動で立っていた。


 改めて自分の姿をわかる範囲で確認してみる。

 リアルの自分より若干細い手足。

 おでこの上の髪を視界に映るまで引っ張ってみようとして、設定で髪長くしたじゃんと気づいて顔の横から引っ張ってみる。

 教会に差し込む光を受けて反射する白髪は、白というには艶があり、銀に近い気がする。

 引っ張った長さからして、設定通り肩あたりまで長いんだろうなとわかった。

 服装はただの布の服。

 汚れているわけではないが、麻色の質がいいとは思えない素材。

 着心地は悪くないが、ゲーム的な理由で着心地なんて大体の装備が似たようなものだ、ということを三神は当然知らない。


 半袖長ズボンに布製らしい靴。

 それが今の三神従朗の分身アバター


 キャラクターネームは「トライ」

 自分の名字である「三」をかっこよく言っただけという、なんとも彼らしい名前だった。



――――――――――



「ふむ」


 三神ことトライはじっと目の前に立つ神父を見つめていた。

 というのもこの神父、生きていると言われても信じられるくらいにリアルにできていた。

 実は神父のふりをしたプレイヤーです、と言われたらトライは信じただろう。


(はぁ〜、最近のゲームはよく出来てんなぁ)


 彼の前にはストーリーを進めるためであろうはずの、神父の言葉らしき文字が並んでいる半透明のウィンドウが出現している。

 しかしトライはそんなものよりも、微動だにしない神父のほうが気になって仕方がない。


 なんとなく邪魔くさいと思って手でどかすような仕草をした結果、視界のはしっこに移動したのでこれ幸いと神父を凝視していた。


(これはあれだな、やれということだよな)


 トライの中で何かが決まったようだ。

 ズンズンと神父に近づいて行き、目の前で停止する。


(やっぱりピクリともしねぇ、ならばやはりやるしかっ!?)


 さらに決意を固め、実際に行動を開始する。


 右手の指を自らの鼻におもむろに近づけ、その瞬間にそなえて顔中の筋肉に意識を集中させる。

 勝負は一瞬、二度目は存在しない。

 失敗すれば今後一生の傷を心に抱えて生きていかねばならない。

 だがしかし! 誰かはやらなければならない! ならばこそ! その誰かは自分であるべきであろう! 綾華にもテルにもこんなリスクを負わせるわけには行かない!


(勝負だっ!)


 トライは右手の人差し指をゆっくりと自らの鼻に押しあて……




 一気に鼻を上に持ち上げた!!!




 同時に顔を強張らせ、目を白目が見えるくらいに限界まで上を向かせる!


 そして神父に向かって必殺の一言を放った!!!




「ぶひ」




 ……やっちまった感が漂う。


 これはダメかと思われた瞬間だった。


「……プッ」


「……プッ?」


「ブフーーー!ブハ!アハハハハハ!」


「どぅあー!?

 きたねぇ!何しやがるこのクソ神父!」


 急に震えだした神父は、突然盛大に唾をトライの顔面にぶちまけた。


「あぁ!申し訳ない!

 いやしかしあなたの顔が面白すぎて……いや本当に申し訳ない」


 急にあたふたとしはじめた神父は、先程までまとっていた厳粛な雰囲気をまるで感じない、人当たりの良さそうなその辺のおっさんにしか見えなかった。


「あぁ、まあいいぜ。

 どっちかっつと悪いのは俺だからよ、謝るのは俺のほうだろ」


「いやまぁ、しかしですな」


「っつーか普通に話せんのな」


「は?それはもちろん。

 あぁ、普段はなんというか儀礼用といいますかね。

 堅苦しい言葉を使わなければならない立場なんですよ」


 微妙に会話が噛み合っていないが、トライはそんなことを全く気にしていなかった。


(はぁ〜、最近のゲームはすげぇんだな。

 NPCがこんな自然に会話できるくれー技術が進歩してるたぁなぁ)


 技術の進歩に驚いていた。


 実はこんなことはありえないことで、どんなに高度なAIでもここまで自然に会話するのは不可能なはずだった。

 とんでもない衝撃的なシーンに遭遇している本人は、残念ながらそんなことに全く気づいていなかった。


「まぁいいや、俺は冒険しに行くからよ。

 教会なんざ縁もねぇだろうが、気が向いたらまた来るぜ」


「おぉ、冒険者でしたか。

 ではあなたの冒険に幸多からんことを神に祈らせていただきましょう」


「はっ、俺みてぇな祈りもしねぇヤツに神様は手助けなんざしてくんねぇよ。

 もう少し信心深いやつにやってやるんだな」


「いやいや、神はそんなに心の狭い方ではありませんよ?

 まぁしかし、祈りより実用的なものがよろしければ一つ情報を差し上げましょう」


「おぉ、そっちのがよっぽど嬉しいぜ。

 どんな情報だい?」


「周囲のモンスターの強さですな。

 慣れないうちは南に向かったほうがよろしいでしょう、逆に北は危険なモンスターが多い、装備が揃うまでは行かないほうがよろしいですな」


「ほうほう、まず南に行きゃいんだな?

 さっそく行ってみるぜ、あんがとよ」


「いえいえ、あなたに神のご加護がありますように……」


 さっそくトライは南に向かって歩き出そうとして気づいた。


「南ってどっちだ?」


 神父は苦笑いに冷や汗をかきながら、親切に南門の位置まで丁寧に教えてあげたのだった。



――――――――――



「で、南門を出てみたわけだが」


 誰に向かって言っているのかはこの際無視したほうがいいだろう、様式美というヤツだ。


「なんもいねぇ、子犬と気持ち悪りぃ水溜まりだけだな」


 ちなみにそれ立派なモンスターである。

 子犬はレッサーハウンド、水溜まりはスライムという名前だ。

 しかしこのゲームはモンスター名が表示されないので、見た目で判断するしかないのだが、トライの目にはただの子犬と水溜まりとしか映らなかったようだ。

 実際レッサーハウンドは見た目ただの子犬(濃い茶色の柴犬)にしか見えないし、スライムは水というより水色の絵の具を溶かしたような色だが、透明度が無いためゲーム上の再現率の問題でそういうものなんだと思われがちなのである。

 自分から襲いかかってこないタイプであることも加わって、トライに限らず初心者はスルーしてしまうことがままあるのだった。


「まあそのうち見つかるだろ、しばらく歩くか」


 そのまま完全に無視して、しばらく歩き続けること10分ほどしたときだった。


「……なんじゃありゃ?」


 気づけば周囲の景色は森、というより林がいくつも点在しているようなエリアに移動していた。

 見晴らしは悪くないが、林と林の間に道のようにしてうねった平地を歩いてきたため、後ろを見ても町を確認することはできない。


 しかしトライは後ろを見るつもりなんて毛頭なかった。

 なぜなら前方に、彼の「敵」を発見してしまったから。


「ゴフー、ゴフー」


 荒く息を吐く「敵」

 汚ならしい茶色の肌をしたゴリマッチョ。

 顔は敵意を全力で表現したような顔つき。

 間違いない、これがモンスターだ。

 トライはそう判断し、武器を構えようとして。




「……そういや武器ってどうやって出すんだ?」




「……」


「……」


 静寂が周囲を包んだのはわざわざ説明する必要もない。


「ゴフアァーーー!」


「だぁーっ! 待て! ちょっと待てー!?」


 向かってこないトライにしびれを切らした筋肉が、猛然と突進をしてくる。

 手に持つ盾はともかく、剣のほうはヤバい。

 リアルで刃物対素手の怖さを知っているだけに、このままではまずい。


「武器! 両手剣! アイテムゥ!?」


 必死になって叫んでみたことが功をそうしたのか、突然視界にアイテムを縮小表示したウィンドウが出現する。

 そこにあった両手剣のアイコンを確認した瞬間、トライは目の前に迫っている筋肉を確認した。


(やべぇ! 間に合わねぇ!? せめて剣を「持ってれば!」)


 そう思った瞬間、右手にズシリと重い感触が伝わってきた。

 トライはそれが何かも確認せず、自分の直感にまかせて思い切り持ち上げた。


 耳障りな金属音が鳴り響き、トライの目の前には無骨で何の飾り気もない、自分の身長ほどもあろうかという剣が出現していた。

 それが筋肉の持つ剣と自分の体の間に入り込み、致死の一撃から身を守ったようだった。


「ぬ、うぉりゃあ!」


 思い切り力を込め、筋肉を押し返しながら渾身のタックルを決める。

 やたら硬い感触に違和感を感じたが、なんとか距離をとることに成功する。


「へ、へへ」


 トライはニヤリと不敵な笑みを浮かべる


「武器さえありゃあこっちのもんだ、覚悟しやがれ筋肉ダルマが!」


 ビシィッ! と剣の切っ先を筋肉に向け、挑発を行う。

 ゲームでそんなことに何の意味もありはしないのだが、なんとなくやってみたかったからやってみたようだ。


 しかしそれこそが、トライにとって致命的すぎる隙だった。




 サクッ




「あ゛?」


 視界の上のほうに何かが見える、具体的に言うなら矢の先端部分のようなものが。


 振り返ろうとして、異変に気付く。

 体が全く動かない。

 剣の切っ先を筋肉に向けたまま、完全に体が停止していた。


 やがて目の前に現れた文字は、次のような内容だった。


HPが0になりました、セーブポイントに帰還しますか?


 はい

 いいえ




「誰だああぁぁぁ!?」


 自分を殺した誰ともわからぬ誰かに怒りながら、トライはゆっくりと消えていった……


VRMMOで会話ウィンドウを使わず直接話す・・・これも最近の話ではテンプレになりつつありますよね


※2012/8/27

間違いを修正

ヘッドセットの全面部分→ヘッドセットの前面部分

様式日→様式美

※2012/9/4

文章を全体的に修正、内容には変化なし

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ