第10話・つまり転職は簡単じゃないということだ
ストックはこれで全部です
ここまでが第一章
「よし、じゃあ転職試験の説明な!
つってもレベル20の時点で試験なんて必要ないくらい強いのはわかりきってんだが、一応形式だけでも付き合ってくれ」
「おぅ、なんなら普通に受けたっていいぜ!」
結局あのあと二人は両手剣談義に花を咲かせ、おっさんが昔は冒険者だったが実力が伸び悩んで若いヤツらに次々抜かされていく状況に耐えられず前衛組合の仕事をやりはじめたことまで話してやっと転職することになった。
「だはは!
やめとけやめとけ! 試験らしい意味なんかありゃしねぇんだ、省略できる分は省略しといたほうが得だぜ」
「そんなもんか?
まぁおっさんにまかすぜ、あんたなら信用できる」
「だはは! まかせな!
じゃ、早速だが軽く説明したら奥の部屋で試験だ。
レベル20だから実技試験は省略、筆記試験も省略、質疑応答と最終課題のクリアで転職だ」
「ずいぶん省略してんな、ほとんどクリアしたようなもんじゃねぇか」
「レベル20ってのはそんだけ大変ってこった、実際苦労しただろ?」
言われて思い返してみるトライ。
夜10時→朝4時と夜8時から今現在夜11時半にさしかかるところ。
全てが戦闘では無いにしろ、9割は戦闘に使っているので9時間は戦ったわけだ。
これが一般的な学生だったならせいぜい夜8時〜11時がいいとこだろう、つまり1日3時間。
全て戦闘に使えるわけでは無いだろうから、実質4日ほどかからないと転職できない計算になる。
1日でレベル10までいったシャインとトロンのことを考えれば、10から20がどれだけ大変なのか簡単に想像できた。
「あぁ、まあそうだなぁ。
でもオレの場合必死だったからな、気づいたら20になってたようなもんだからあんま大変だった気がしねぇな」
「ああ、そういや転職もしてねぇのにオーガに挑んだんだったな。
今時そんなヤツがいるとは思わなかったぞ」
「悪かったな、ゴブリンと間違えたんだよ!」
「だはは! お前実はバカだろ?」
「悪かったな!」
「んじゃまぁそろそろやるか。
気楽に答えてくれ」
「おうよ」
「じゃあ1つ目。
目の前にゴブリンがいました、どうする?」
「たたかう」
「次。
ゴブリンが仲間を呼びました、どうする?」
「たたかう」
「次。
ゴブリンが仲間をどんどん呼んでいき、倒しきれないほど増えました、どうする?」
「死ぬまでたたかう」
「やっぱお前バカだろ!? だはははは!」
「悪かったな!」
「最後に1つだけ。
倒しきれないほどのゴブリンが襲いかかってくる中、お前の後ろに仲間がいる。
お前以外に戦える状態のヤツはいないとしたら、お前さんはどうする?」
今度ばかりは即答せずに、トライは一度仲間を見る。
そこでは長話を続けるトライとおっさんに負けず劣らず、ひたすら会話をしていたらしいシャインとトロンの仲良さげな姿が目に写る。
「……死ぬまで、いや死んでも戦い続ける。
死ぬのは仲間が助かってからだ」
仲睦まじい二人の姿に、にやけるような柔らかな笑みを浮かべる。
「……やっぱバカだなぁ、お前さんは」
「ただしイケメンは除く」
「激しく賛成させていただこう」
――――――――――
「んじゃちょっと待ってな、爺さん呼んでくる」
質疑応答のあとに通されたのは凄く魔法な感じの部屋だった。
中央に魔方陣魔方陣したいかにもな感じの魔方陣。
四角い部屋の四隅に蝋燭がたてられており、大した光量があるわけでもないのに不思議と部屋を見渡せる。
濃い紺色の布に覆われた部屋はさきほどまでのモ○ハンと同じ建物とは思えない。
「担当とかあんのか」
「ソードマン・ベネフィットは特別だ。
前衛にとっちゃ喉から手が出るほど欲しいヴァナルガンド様の加護持ちだからな、色々あんだよ」
「色々か」
「色々だ」
じゃあ仕方ないと、うんうん頷いてるうちにおっさんはとっとと出ていってしまった。
待つこと数分、再びドアを開けたのはおっさんではなく、無駄にごっついお爺さんだった。
白い髪と髭、皺の刻まれた顔がなかったら、爺さんなんてとても呼べない立派な体つきをしている。
2メートル近い身長と相まって、ゲームのはずなのにとんでもない威圧感すら感じてしまう。
「おお、いかにもな爺さんだ。
戦士っぽい」
「まさに戦士だからな。
お前さんが転職希望者らしいが、若いのになかなか見所があるらしいじゃないか」
「そんなの自分じゃわかんねぇよ。
むしろあんたから見た評価を聞きたいくらいだ」
「ふむ、それを見極めるためにここにおる」
スラッと背負っていた巨大な剣を引き抜き、纏っていた威圧感がさらに強大なものになる。
「行く……ぞっ!?」
老人がいざ剣を構え、戦う宣言をした瞬間。
目の前には剣を抜き放ち、思い切り振り始めているトライの姿があった。
ガッギィーン
いつもの音が鳴り響く。
「ほ、たまげたぞ若いの。
普通はワシに気圧されて最初は受けに回るんだがな」
「見た時点でオレよりつええのはわかったよ!
ようはオレを試してぇんだろ!? だったら先手必勝全力全開一発入魂先手必勝だ!」
「先手必勝2回言ったぞ!?」
「じゃかあしぃ!」
「なんて理不尽!?」
老人は狼狽えてこそいるが、体は正確にしかも迅速にトライの攻撃を捌いていく。
今のトライではとてもではないが勝利の糸口が見えない。
しかも流れから言って、装甲値のように戦っていればいずれ何とかなるというような状況でも無い。
(どうしたもんか……、派手なスキルでもとっときゃよかったか?)
さっきからどれだけ攻めようがフェイントをかけようがまともに当たる気配が無い。
当たるヴィジョンが全く見えないのだ。
(こりゃ攻めに回って正解だったな、受けに回ってたら一瞬で負けてたんじゃねぇか?)
トライとしては直感に従っただけの話なのだが、限りなく正解に近い行動だったようだ。
事実老人はまだ全力を出しているような感じがしない、ゲームだからそんな感じがするわけないのだが、トライの直感はそう判断していた。
「ふむ、確かに筋がいい。
最近の若いヤツらは派手な攻撃スキルに頼るヤツが多いが、そんなこともない。
お互いの実力差もわかったうえで、それでも恐れず向かってくる勇気もある。
ワシとしては合格を与えたいところだのう」
切り結びながらそんなことを言ってくる老人。
体のほうは徐々にではあるが確実に押し返してきている。
もう5分も戦えば恐らく防御に回るのはトライのほうになるだろう。
「だっ! たらっ! とっとと合格に! して! くれ! よっと!」
一際大きく振り回し、体を回転させて遠心力を加算した横薙ぎを放つ。
「ふむ(ガッギィーン!)、しかしのぅ、お前さんには大事なものが一つ抜けておる」
しかしその渾身の一撃も、片手で軽く防がれてしまう。
微動だにしないその圧倒的な膂力は、もはやトライではどれだけ差があるのか想像もつかなかった。
だから、行動ではなく言葉が先に出てしまう。
「足りないもの?」
「うむ」
ぶん、と無造作に振っただけのような動作をする老人。
しかしトライは、たったそれだけの行動で大きく後退させられることとなってしまう。
「それはのう、敗北……それも圧倒的な実力差での敗北じゃ。
お主、そんな相手と戦ったこと無いだろう?」
言われてみればその通りで、リアルでもゲームを始めてからも、圧倒的な強さで勝負にならない相手など戦ったことが無い。
オーガは確かに強かったが、勝てない相手ではなかったし事実勝つことはできた。
レベルもあがった現在ならある程度余裕を持って戦うことすらできるだろう。
「しかしそれが、時には致命的となる。
知らずに戦うのは無謀じゃ、しかし……」
一瞬。
老人から感じられる圧力が一気に増す。
ゲームだと信じられないほどの圧力、殺気と言ってもいい。
システムとか設定とかそんな理屈では説明しきれない、圧倒的な上位者の風格。
トライはその圧力に押しつぶされそうな感覚を覚えていた。
「しかし、なんだよ」
しかし、退かない。
「しかし、知ってなお戦うというのであれば」
逃げない。
「というのであれば?」
諦めない。
「それは無謀ではなく、勇気じゃ」
逃げれば自分という存在を否定してしまうような気がするから。
腐れ縁の幼馴染の前ではいつもそうしてきたから。
自分が弱いことを知っているから、強くなりたいと願ってきたから。
願いを叶えるためには、退いてはいけない気がしたから。
「知っておけ、これが圧倒的な力というものだ」
そこからは一瞬だった。
強烈な突風が突然吹いたかと思った瞬間、トライの目の前には老人の剣があった。
なんとか剣を老人との間に入れることはできたものの、ただそれだけだった。
剣と剣がぶつかった瞬間、自分の剣ごと体に押し付けられてきたのだ。
抵抗という言葉の意味がわからなくなるほどに強く、早く。
一撃で壁まで吹き飛ばされたトライに向かって、老人はさらなる追撃をかける。
「ソニックブーム!」
衝撃波による一閃が、壁にぶつかった瞬間のトライにぶつかる。
トライを巻き込み、後方の壁を破壊したその攻撃は、とても人間が耐えられると思えるような攻撃ではなかった。
「……これが、圧倒的な力だ。
今のワシとお主の間には、これだけの差がある」
ガランと壁の一部が崩れ、床に落下し無機質な音をたてる。
「……ふ」
「ん?」
「……ふは、……はは、あははははははっ!」
突然瓦礫の中から笑い声が響く。
トライが笑っているようだとしかわからないが、老人にはそれよりなぜ笑ったのかのほうが疑問だったようだ。
「なぜ笑う? お主は今、完璧に負けたんだぞ?」
「ああ、完敗だ。
こりゃ勝てる気がしねぇ、さっきの質疑応答で死んでも戦うなんて言ったのが馬鹿みてぇだ」
瓦礫の中から這いずるようにして出てくるトライ。
その姿は戦士というよりも、狂人のように恐ろしさを感じさせる。
「俺は井の中の蛙だったんだ、ちょっと人よりつえぇからって調子にのってた。
そうだ、俺は弱いんだ、弱いから、強くなりたかったんだ」
老人はトライの姿を見て、再び構える。
もはやHPなどあってないようなもの、この部屋に広がる「殺さずの魔法」がなければ、とっくに死んでいてもおかしくない状態。
例え死ななくても痛みはある、衝撃も感じる、なにより精神が死んだという事実を受け止めきれずに気絶してしまう。
だが目の前にいる青年は、気絶するどころか喜んでいるようにすら見える。
「強くなりたい、俺は強くなりたい!
もう絶対に、あいつらの泣き顔なんざみたくない!!!」
満身創痍の状態で、大きく剣を頭上に持ち上げ、あとは振り下ろすだけという姿勢でトライが停止する。
目を見開き、不適な笑みを浮かべ、今にも襲い掛かってきそうな状態のままでトライは……
気絶していた。
「……若いのぅ」
羨ましいと呟きながらも、老人は構えを解いて気絶したトライを横にさせた。
――――――――――
「はっ!?」
「起きたか」
ガバッと起き上がるトライ。
「どんくれー寝てた?」
「ほんの数分じゃ」
「まじか、負けかよ」
「負けじゃな、しかし合格じゃ」
「マジデ」
「マジじゃ」
っしゃー!
と全身で喜びのガッツポーズを決めるトライ。
そんなに嬉しいのかと一瞬驚くギルドマスター。
その表情もすぐに後輩の喜びを優しく眺める表情へと変わるが。
「若いっちゅーのはええのぅ」
「何言ってんだ爺さん、当たり前だろ?」
「ほっほっほ、当たり前か!
確かに当たり前じゃ! ほっほっほ!」
「そうだろそうだろ、若いってのはいいことだぜ」
なんだか丸く収まったようだ。
意味のわからない漢の友情を築いた二人の笑顔は、青春などといったその辺の何かを感じているのかもしれない。
「んじゃまぁ、魔方陣の真ん中に立ってみるんじゃ」
「ここにか? こんな感じか?」
「うむ、結構結構。
ほいでは始めるかのう」
老人はなにやら魔法の言葉らしきものを呟くが、言語スキルを持たないトライは全く理解不能だった。
とりあえず魔方陣が発光したのだけはわかったようだ。
「我が権限において、この者にソードマン・ベネフィットの道を歩むことを許す」
最後にそう言った途端、魔方陣が一際強く光を放ち、それがやがてトライ自身をも発光させていく。
光が収束していき、トライの表面から内側へと浸透していくような感覚と共に、それがトライ自身の力になっていくような不思議な感覚が体中から感じられる。
やがて光が収まり、転職が終わったことを老人が告げるより早く、トライは自分が転職したことを悟っていた。
ピロリン♪
ソードマン・ベネフィットに転職しました!
職業スキルが開放されました!
ステータスが職業補正の影響により強化されました!
一部のスキルが職業補正により強化されました!
「転職完了じゃ、おめでとうソードマン・ベネフィットのトライよ。
お主の今後の活躍を期待しておるぞ」
「……おう、まかせな!
いつか爺さんより強くなってやるぜ!」
「ほっほっほ、そうなったらワシ引退じゃのう」
「おう、とっとと引退しやがれクソ爺」
「言うではないか、何ならもう一回本気だしちゃるぞ」
「やってみやがれ、さっきの俺とは一味違うぜ」
ズゴゴゴゴという効果音が二人の背後に出現し、新たな戦いの火蓋が切って落とされた。
30秒で終了したが。
「つ……強すぎる……OTZ」
――――――――――
名前:トライ
職業:ソードマン・ベネフィット
BLV:20
JLV:1
特殊能力:ヴァナルガンドの加護LV20(HP上限、HP自然回復速度、攻撃力40%上昇、敵装甲値40%無視)
所持スキル:熟練度表示可能
武器適正:両手剣
ステータス
HP:5700+2280(0)
MP:300(0)
STR:855+342(0)
VIT:570(0)
AGI:570(0)
DEX:570(0)
INT:300(0)
LUK:570(0)
残りステータスポイント:0
残りスキルポイント:8
NPCは基本的に強いという設定です
ここまでが第一章になります
※2012/8/27
メタ発言を修正
細かい部分を若干修正
※2012/9/4
文章を全体的に修正、内容には変化なし




