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その六、プロポーズ

ジオは思い出す。

他のどんなことを忘れても、どれだけ月日がたっても、決して色あせることは無い記憶だった。

ひんやりとした石の部屋、ぼんやりと光る魔法陣。

そして自分から溢れ出た血の匂い。

冷たい目の人間達、耳障りな知らない言語。

「『私』はね、『手術』の真っ最中だったんですよ。『麻酔』が切れて気付いた時には…見知らぬ場所で見知らぬ人々に囲まれ、痛みと恐怖の中死んでいく状態でした。……助かるはずだった。手術はそう成功率の低いものではなく、取り戻した健康な体と未来を『私』は夢見てました」

一転、悪夢となってしまいましたが…と、ジオは薄く笑う。

それは恐ろしく恨みの籠った表情だった。

「『私』の勇者としての能力の一つは、解析力でした。ありとあらゆる魔術を読み解くことの出来る…周囲の人達の言語は分からなくても、空気中の魔力が、魔法陣が、自分が『勇者召喚ゆうかい』されたのだと示していて、死にかけながらもそれを『私』は理解出来ました。出来てしまったのです」

ジオは目を閉じる。米神がひくつき、胸の奥からドロドロと黒い炎が湧き出てくるかのようだった。

あの時の怒りと憎しみは、薄れずまだこんなにもある。

「そして、あの魔法陣の中で死んだ時、『死にたくない』と願ったせいか……私がこの世界で生まれ変わった時、記憶を引き継いでしまったのです。」

ジオの言葉と様子に、何が伝わったのか、真理はぼろぼろと涙を零していた。

「真理」

「だって、そんなの酷い…っ、この世界には、治癒魔術もあるのにっ」

そう、この世界には治癒魔術もあった。この世界の魔術を学んだ時、その性能を知った時…あの人間達を改めて呪った。とっくにいない存在だったが。

死んだ『私』のことを思って、悔しそうに悲しそうに泣く真理に、ジオは苦笑する。

そんな真理を見ているだけで、煮えたぎっていた憎しみや恨みは、すうっとどこかに消えてしまう。

「本当に優しい子ですね、真理は。私はいくつかあなたに意地悪してたのに」

「え?」

ジオは懺悔するかのように、彼女の前で片膝をついて俯いた。

「あなたを魔法陣から連れ出す時には、そんな思いは一切無かった。でも、いざ助けて連れ出して…あなたに笑いかけながら、心のどこかで『私』が言うんです『私は誰にも助けてもらえなかったのに』って」

言葉の通じない人に、見知らぬ土地…心の底から安心なんて出来なかっただろう。

どんなに優しくされたって、相手の思考が推測出来ないのは辛い。


自分に何が起こったのか、どうゆう状況なのか、ここはどこなのか……………帰れるのか?


「私は全て説明出来た。だって『日本語』を話せるんですから、そしてあなたと同じ立場だった前世かこがあったんですから」

軽蔑しましたか?と、呟くジオに、胸の高さにある頭を……真理ははきゅっと抱きしめた。

「軽蔑なんてしないよ。私がジオでもきっとそう思うもん、あんなに優しくなんて出来ないよ?ジオが意地悪だって言っても、私、ジオが『日本語』で話しかけてくれたら、安心しただろうけど…安心して甘えて、怠けて、この世界の言葉覚えなかったかもしれないっ」

泣きながら、腕の中のジオに真理は囁いた。

「ジオの方が優しいよ、私言葉が通じない時もジオと一緒にいるだけで幸せだったもの」

ジオは真理に優しくしたけれど、決して過剰に甘やかすことは無かった。

狭い世界に籠りがちになってしまう、真理の内向的な性格を優しく促がして、世界を見せてくれた。

「大好き」

そう囁くと、ジオの体からふっと力が抜けたようだった。

自分に嫌われることを、恐れていたのだと…真理は自惚れたいと思う。

「真理…ロマッドが、あなたを召喚した魔法陣を破壊してしまいました。あれは世界と異世界を繋ぐ門…あれを破壊してしまうと、あなたを帰してはあげられなくなります」

「そっか…もしかして、ジオがあの国を捨てる時、あれを放置したままだったのは私がいつか帰れるように?」

ジオが喉の奥で「うっ」と言葉を詰まらせたので、正解であることを知る。

「私、帰らないから大丈夫。ずっとジオの側にいるもの」

前にも言ったでしょう?と、囁いて、真理はジオの頭の旋毛にキスを落としたのだった。

「あの…真理………そろそろ、解放していただけますか?」

「や、ジオの前世の分も抱きしめてあげたいの」

ジオは更に力が抜けてしまった。そろりと腕が上がる。

ちょっと内気だけれど、優しくていじらしい真理……女性の狡猾さを知っている『私』の方が陥落は早かったと思う。そして、全てを知った真理の、さきほどのセリフがトドメだった。

呪いと憎しみの固まりだった『私』が、真理を抱きしめて思う。


この子は私のもの。誰にも渡さない、傷つけさせない。私が幸せにして、可愛がって、ぐちゃぐちゃのめちゃめちゃにする……………


「……真理、気づいてないかもしれませんが」

「なぁに?」

そっと背中に回ってきた腕に、抱きしめて抱きしめられて、幸せでちょっとうっとりしてきた真理は、次のジオの言葉に真っ赤になった。

「色々と柔らかくて気持ちよくて、いい匂いがするんです」

しっかりと、まだささやかな膨らみを、自ら押し付けてることに気付いて…

「ひょわわわわぁっ」

奇声を上げて両手を万歳した真理に、ジオはくすっと笑って顔を上げた。

「じ、ジオっ、放してぇっ」

「おや、『私』の分も抱きしめてくれるのでしょう?」

「まだちっちゃいから、恥ずかしいのぉっ!」

真理…ちょっと恥ずかしがるポイントがずれてますよ?と、内心で突っ込みを入れつつ。

「じゃあ真理が十六歳になったら、いっぱい抱きしめて『私』を癒して下さい。そしたら私も我慢せずに色々と真理を愛せますから」

十六歳になったら、私と結婚してくださいね?と、問われ…真理はジオのその優しくて綺麗な表情に、心底幸せな気分で頷いたのだった。


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