その五、召喚
真理は朝から夢を見ている気分だった。
昨夜ジオは言ったのだ。
「…だからどうも十六歳以下だと、性欲処理の対象にもなりません。こう『ロリコン』だとか『犯罪』だという意識が先に立つので」
あの容姿から、性欲処理だの『ロリコン』なんて単語が出た時には、本当に驚いた。
それと同時に、本当に『日本語』を知っているのだと分かった。
『ロリコン』なんて単語、真理は口にした覚えなど無いからだ。
「でもね、真理に男性として意識されていると知って、今すごく…嬉しくてドキドキしているんですよ」
そういえば言葉を教えてくれる時も、やけにスムーズに自分の知りたいことを教えてくれてたなぁとか思い出していた真理は、ジオの言葉にワンテンポ遅れて反応した。
「え」
「私もあなたを好きみたいです」
「うにゃああああっ」
「マリー…朝から何叫んでるの?」
赤毛の友人の声に、真理は振り向いた。
「キャスっ、私、私っ、どうしようっ」
物凄く幸せそうな、真っ赤な顔で「どうしよう」などと問われて、真理の赤毛の友人キャスは首を傾げた。
「ジオが、ジオがっ」
「あー、はいはい、いつものジオート様のろけ?」
少し前にジオの講師を受けているという女生徒にからまれ、嫌味を言われた上、初潮を迎えてしまってそれを慕っている人に気付かれ…色々と、先生か親のように冷静に教えられてしまった真理は、ここ最近かなり落ち込んでいたのだ。
真理の持っていた常識では、自分はまだ子供で恋愛対象として意識されないのは当然だが、ここでは違うのだ。
ずっと一緒に暮らして、面倒を見てくれて…
結婚出来る歳は過ぎてるのに、この世界が常識のはずのジオには、対象として見られない自分が本当に惨めだと、見知らぬジオの生徒だと名のる少女に指摘されて気付いたのだ。
ロマッドという友人に、自分と結婚していないことを当然だと肯定しているのを聞いて、ジオ自身の言葉に改めて傷ついてずたずたになった心は…一転幸せ絶頂である。ほわほわして、恥ずかしいのに嬉しくてたまらなくて、きゃーきゃー叫びまわりたくなってしまう。
「おはよう、マリーっ」
「あ、おはようキャステス」
少し遅れてやってきたキャスの双子の弟に、真理は久しぶりに笑顔で挨拶をする。
キャスと同じく赤毛の少年は、髪に負けないくらい顔を赤くした。
「よかった、マリー元気になったんだね?いいことでもあったの?」
聞くな弟よ…と、キャスは内心で警告した。…何もかも遅かったが。
「うんっ、ジオが私を好きみたいですって、言ってくれたのっ」
輝くような笑顔は、彼女に恋心を抱いている少年には、凶器にも等しかった。
「おや?今日は友人と出かける約束だったんでは?早いですね」
「うん。キャステスの具合が急に悪くなっちゃったみたいで、探索は取りやめになったの」
「そうですか」
真理の友人である双子の兄弟、その弟の様子を思い出してジオはくすっと笑う。
彼だけでなく、真理に気がありそうな男達に対する不快感が、今は幾分軽かった。
なにせ真理が好きなのは自分なのだ…と。
「あり?マリーちゃんおかえり~、早かったね」
そう言いながら少し遅い朝食にありついていたロマッドは、何かを思い出したかのように顔を上げた。
「そだ、これ報告しにきたんだけどよ。マリーちゃんに驚いて、言うのすっかり忘れてたわ。サンフォールの国にあった召喚陣、破壊しといたぜ?サンフォールが死んだから、あいつの立場に義理だてすることなく破壊して国を出たんだと思ってたら、まんま残ってたんで驚いたぜ」
ロマッドの言葉にジオは振りかえって、額に手を当てた。
「あれ?なんか不味かったか?」
ジオは真理を見て、それから「いいえ」と返答した。
「あのアホ息子は俺のこと覚えてたみたいで、キーキー喚いてたけどよ、ぶっ飛ばしてやったぜ。元々サンフォールにも国が乱れたら真っ先に紛れ込んで、アレを破壊してくれって生前から頼まれてたし。あ、国は潰れたぜ。国民に被害は少ないな、まぁ腐れ貴族や馬鹿息子なんかは逃げ出したけど、末路は見えてんな…」
「召喚陣って…」
「ジオは勇者召喚嫌いだからなぁ、まぁ所詮誘拐だっていう意見に俺も賛成。どんなに力を持ってたって、故郷から引き離してこの世界のために戦えって、どんな冗談だよって感じだしな」
「そういえば、ジオは私と同じように召喚された、女性で…って話、詳しく聞いてなかった…」
真理は帰るロマッドを見送ってから、ジオへと振り返り尋ねた。
「元々そう女っぽい性格ではなかったので、男に生まれてもあまり問題はなかったですけどね」
ジオは苦笑して応える。昨夜、告白してしまってから、真理はジオの問題うんぬんは、うっかりすっ飛んでしまっていたようだった。あの国が潰れ、召喚陣も破壊したと聞いて、やっと気になったのだろう。
「召喚の魔法陣の中に、私以外は入れなかったことを覚えていますか?」
こくりと神妙な顔で頷いた真理を見て、そこにはもう恐怖や恐れといった感情がないことを確認して、ジオはほっと息をついた。
「あれは自ら出るか、召喚された者に害意を一切持たない存在にしか、入ることのできないものなのです」
そして魔力を伴った攻撃では、陣を発動させる危険があるので、魔力無しで破壊することしか出来ない少々面倒なものだった。
「この世界の文明が、三度滅びていることは学校で習いましたね?」
「うん、実際は発見される遺跡の種類からの判断で、本当はもっと多いかもしれないんだよね?」
「ええ、あの陣は滅びた古代文明の遺産で、その一つに『私』は召喚されて、陣から出ることなく死にました」
ジオの言葉に、真理は息を飲んだ。