その三、誕生日
この世界では、新年と共に人々は一つ年をとる。
この世界で生きていくことに決めてから、真理の誕生日もこの日になった。
魔術師学園国家には、勿論世界最高峰の魔術師学校がメインだが、他にも大小様々な学校があり、その中の一つである学校にも真理は通い出し、…最初は少し不安だったが、真理のぎこちない言語を標的にするような幼稚な輩もなく、友人も出来…真理は益々伸びやかに成長していた。
長期休み、雪深くなる学園国家から南の土地に訪れた二人は、サバイバルキャンプの中新年を迎えた。
ジオは優しいけれど、厳しいことは厳しい。
その一本筋の通った在り方は、真理の信頼を重ねはせよ失うことは無かった。
子供の真理相手でも、理解が出来るまで説明し、一方的に厳しさを押しつけることはなかったからだ。
この世界では、旅に出れば野宿は当然だし、命を奪い奪われることも身近だ。
魔物だっている。
魔王はいないが、昔…十代の頃は、自分が魔王になると思ってたんですけどねーとジオが笑い、ジオの優しさに包まれてる真理も笑った。
ジオの十代の頃の人嫌いっぷりを知っている人間達は、青ざめて洒落にならないと震えあがるだろうが。
ともかく最初は泣いたり吐いたり悪夢まで見てしまったが、すっかり魚や兔(?)小動物を狩って食べることにも慣れた真理は、ジオに年明けの朝「十二歳おめでとう」と微笑まれてこの世界の常識を思い出した。
ぶっちゃけ生きることに必死で、新年やら誕生日やらは意識から抜けていた。
実際は大型の魔物でも、素手で殴り飛ばせる真理なのだが…食べるために命を奪うことは何とか受け入れても、見るからに醜悪な魔物に対するのは正直怖かった。
しかしジオは、ご飯から逃げるのは許さなくても、魔物相手なら倒せなくとも助けてくれた。
真理が半泣きで「わたし、魔物倒せなくてもいいの?」と聞くと。
「一般人だって逃げることを、真理にむりやりやらせる気はないよ」
と、ジオは答えた。
でも一般人とは違って、私には【力】があるのにいいのかな?と、真理が思っていると、その思考を読んだのか、ジオは苦笑して真理の頭を撫でた。
「力を持っている者は、世界に貢献しないといけないなんて思いこんでる馬鹿も沢山いるけどね」
「はぅっ」
「そんなことは個人の自由で、他人に左右されるものでもないし…この世界の人間が怖くて逃げてしまうようなことを、他の世界から浚われてきた子に強制させるような輩は私が許さないから」
フフッと冷ややかな視線を、出て来た国の方角に向けるジオに…真理はちょっぴり召喚の場にいた人達の冥福を祈ってみたりした。
何でも今、あの国では内乱が起こっていて、更には他の国々が攻め込んできたりして大変なことになっているらしい。
その一つの原因が、ジオが国を捨てたことであると真理は学校で友人から聞いた。
なにせジオはこの世界で一番の魔術師と言われている、その力は国の一つや二つ簡単に滅ばせる代物だという。
彼が居るだけで、その国は他の国に対して抑止力を発せられるのだ。
中立国家である魔術師学園も、例外ではない。
まぁ、力を使うのはジオで、そう簡単に国やら王の命令を聞く性格ではないのだが。
「これで真理も結婚出来る年になったね」
「えっ」
それは初耳だった真理は驚いて顔を上げた。
「この世界では、女性は十二歳から結婚出来るんだ。男性に年齢制限はないけれど、一般には自立して妻を養えるだけの財力を持ったら娶ることが出来ると言われているんだよ」
なるほどと真理は聞くが、自分にはまだ遠い話のように思えた。
学校での同級生は勿論自立などしてないし、他に自立した男の人で知っているのはむしろ老人な隣家の旦那さんと、ジオだけである。
そして自分自身、まだ男の人と結婚出来るような魅力があるとは思っていない。
実際は結構先の楽しみな美少女へと成長してきているのだが…
「あの…ジオは、結婚しないの?」
真理は不安そうにジオへと問いかけた。
本当は結婚などして欲しくはない。ジオがお嫁さんを貰ったら、自分は家を出なければならなくなるだろうし……それに何だか聞いておいて、胸がきゅうぅっと苦しくなった。
「一つ問題がありましてね…」
ジオは視線を遠くへ向けて笑う…何だか虚しそうな笑みだった。
「問題?」
「こう、女性の本性とか計算とか、簡単に見抜けてしまうんですよ。ゆえに結婚したいと思える相手がいなくて…ま、別に絶対しなくちゃいけないことでもないですしね」
「そっか」
何だかほっとして、それから真理は『あっ』と声を上げた。
皆新年で歳をとるなら、ジオもそうなのだと気付いて。
「ジオもおめでとう……そういえばジオはいくつになったの?」
二十五歳くらいかな?と思いながら聞いた真理に、ジオは何でもないことのように言った。
「三十四歳になりました」
真理くらいの娘がいてもいい年ですね、お父さんと呼んでもいいですよ?と、朗らかに言うジオに、真理はこの世界に来てから一番大きな声で、驚愕の悲鳴を上げたのだった。