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その二、順応

子供が言葉を覚えるのに、一年かかった。早いのか遅いのか、本人にも分からない。

そして自分の身に何が起こったのか、ちゃんと飲み込むのにも一年がかかった。

言葉は通じなかったが、城を出て国を出て…海の上を飛ぶ巨大な怪魚と、それに引かせて行く浮かぶ巨大な飛行船(?)で、大陸を渡って…当然ここが『外国』では無いことは勿論『地球』で無いことを知った。

そして自分があり得ない力を得ていることも、知った。

だが、あまりにも漫画かアニメのような状況に、夢でも見ているかのように実感は湧かなかったのだ。

召喚された直後は、怖くて怖くて悪夢のようだったが、それはジオが現れるまでのことで、ジオがそこから連れ出してくれてからずっと真理は幸せだった。

ジオは琥珀色の髪と目をした青年で、真理の同級生達が騒ぐアイドル達よりも何百倍も綺麗でカッコイイ人だった。

優しく微笑まれるとほんわりと胸の奥が温かくなり、安心するのだ。

微笑まれると嬉しくて、真理は家事を手伝い勉強を頑張り、力の制御も頑張った。

こんなに楽しい日々は、生まれて初めてだったのだ。


だからだから、

「真理、君を『日本』に帰してあげられる魔術を作りあげたよ」

と、言われて


パチンと綺麗なシャボンの泡が弾けるかのように、夢から覚めたのだ。


ぼろぼろと泣き出した真理は『帰りたくない』と、『日本語』で叫んだ。

優秀な兄と、兄だけがいればいい両親

学校でも無視され、無い者のように扱われる自分

ずっと寂しくて辛かった場所になど、戻りたくないと、泣いて『日本語』で訴える。

あまり我儘を言わない性質のようだから、自然とジオには分からないと思っている言葉で…けれど心からの想いを訴える少女を抱きしめて、よしよしと頭を撫で、ジオは苦笑した。

薄々は気付いていたのだ。

召喚され、怯えて呟いていた言葉の中でも、両親や固有の人物名に助けを求めることは無かった。

ジオと生活をし出してから、言葉が通じない人間の中に一人だというのに、毎日が幸せそうで楽しそうだった。

そしてランドセルの内側や教科書やノートの中にされていた、落書きや中傷的な『文字』

『ジオとずっと一緒にいたいよぉ』

泣いて泣き疲れて、寝落ちしてしまいそうな真理の、小さな望みにジオは『まぁ、いいか』と呟いた。

こんな小さな子が、恐怖に怯えている時にすら助けを求められない人達の所へ、『帰す』などしなくても…と、真理は子供だし何かすれ違いや誤解があった可能性もある…だが、こんな小さな子に自分など必要ないと思わせる環境など、帰してやることなどないのかもしれない。

『分かったよ真理、君は私とずっと一緒だ。帰らなくてもいい』

乱れた前髪を梳いて、泣いて汚れた頬を拭ってやり…ジオは少女を安心させるように微笑んだ。

『ほんとう?』

『ああ、正直な話、君がいなくなってしまうのは私も寂しい』

『ありがとう、じお』

安心して、こてんと眠りに落ちた少女を抱き上げて、少女の部屋のベッドへ寝かせる。

ぽっちゃり気味だった少女は、明らかに一年前より痩せて細くなっていた。

食べる量や行動から見て、どうやら元々がストレス太りのようなものだったのだろう。この世界の水が合ったのか、肌や髪の艶も磨かれている。

「なんつーか、もう数年もすれば、美少女になりそうだよなぁ」

帰らないのであれば、そろそろ外の世界も体験させるべきだろう。

言葉も問題無く使えるようになっているし。

しかしこの世界では、女性は十二歳辺りから婚姻が可能なのだ。

『日本』とは違って、真理が子供でも、世間一般の男達にとっては十分に守備範囲内……

『日本人』でとても優しい性質の真理だからこそ、危険だ。

「学校の前に護身術だな」

これまでは一般人と同じように生活出来るよう、力を押さえるコントロールをさせていたが、今度からはいざという時、力を発揮出来るよう訓練した方がいいだろうとジオは考えた。


翌朝、この先この世界で生きていくための知識や、友人を得るために学校へ通うことや危険から身を守るための自己防衛に護身術を教えることを聞いて、『帰らなくていい』という言葉が本当だったと安心出来て、真理はジオに改めて「ありがとうっ」と抱きついた。



この日から、真理がぽろりと零す『日本語』に、ジオは平然と返答するようになったのだった。

暫くして気付いた真理は、とても驚いて『なんでっ!?』と叫び…暫くしないと気付かなかった真理に、ジオは少しだけ面白がるように、くくっと喉の奥で笑って微笑んだ。

『真理、君にこの世界の言語を教えたのは私だよ?君がこの世界の言語を覚えられて、私が君の言語を覚えられないわけがないだろう?』

と。





真理はその日、ジオが優しいけどちょっぴり意地悪であることを知ったのだった。

そして、真理が……ジオが【元々日本語を知っていた】と知るのには、更に数年かかるのである。



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