その一、出会い
新連載始めちゃいました。他のお話を御待ちの皆さん、ごめんなさい。
短くて六話、長くて十話くらいで終わる予定です。
黒髪は肩を覆うくらいの長さ、質は良さそうだがソレのせいで返って重い印象を与えていた。
瞼は腫れあがり、ほとんど開いていないので瞳の色は確認出来ないが、たぶん黒なのだろう。
顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。
嗚咽を堪えようとして、堪え切れずに零れ出る声は異様に響き、周囲の人間の顔を顰めさせる。
そしてその気配だけで、少女は更に怯え嗚咽を堪えようとして、でも益々堪え切れずに…と、いう悪循環に陥っていた。
「ジオート、何とかしろ」
嫌悪に満ち溢れた表情を隠しもしない少年に、青年は「ふん」と返答する。
「何とかとは?」
「この失敗作を魔法陣から引きずり出せっ!」
青年は少年をじろじろと見て、深く深くため息をついた。
「私はもう、宮廷魔術師ではないのですがね」
「うるさいっ、さっさとしろっ」
「引きずり出してどうするつもりですかな?」
「当然、本物の勇者を呼び直すに決まっているだろうっ」
青年は「頭いた…」と、呟いた。
「この子はどうするんですか?」
「知るか、勝手に出てきやがって、俺が求めるのは勇者だぞっ」
少年は作りだけは整った顔を、醜く歪めて魔法陣に守られたその子を指さした。
「あんな醜い餓鬼など、どこかに捨ててこいっ」
ちょっとぽっちゃりした赤い『ランドセル』を背負った『小学生』の女の子は、益々怯えて『助けて誰か、怖い怖いよぉ』と『日本語』を呟き出した。
前王は素敵な方だった。青年が仕えてもいいと思うくらいに…ただ一つ、失敗作というならこいつだろ…というような、息子の存在だけは何とかしてから逝くなら逝って欲しかった。
まぁ、突然死だったから仕方ないのかもしれないが…
青年は現実逃避ぎみに、心の中で亡き前王に向けて愚痴った。
「分かりました。今日限り、この国との縁を切らせていただきます」
少年は何を今更といった表情で、「早くしろっ」と子供を指さしたまま催促した。
数人は青年の宣言に顔を青ざめさせているが、それが数人しかいないということが、更に頭痛を促す。
「では」
魔法陣へと足を踏み出す。青年は少年の命令を聞いたわけではない、怯える子供が可哀相だったからだ。
青年が…なぜか周囲の人々が入ってこれなかった線を跨いで入ってきたことで、子供はびくっと震え、怯えた表情で青年を見上げた。
青年はこれまでの少年に見せていた冷やかな表情を一転させ、優しい笑みを見せると子供の前に膝をついて視線を合わせた。
「怖かったね、もう大丈夫だよ」
よしよしと頭を撫でて、子供の体をひょいと抱き上げる。
子供はいまいち状況の変化についてこれないのか、きょとんとして涙を引っ込めた。
周囲の様子と、新たに呼ばれて来たらしい青年の様子の違いを感じとって、言葉は通じなくともこの場では彼だけが自分の味方であると分かったのか、抱き上げられた少女は青年の服をきゅっと握る。
まさか、前王の裳もあけないうちに、この国を見捨てることになるとはなぁ…と思いながら、青年は子供を抱えて城を出、国を去った。
勇者召喚…異世界からランダムに人間を召喚する禁忌の魔法
その浚われてきた人間は、世界を越えてしまったことで強大な力を持つ…
勿論、その力が召喚者のために振るわれるとは限らない。
更には、召喚に立ち会った人間は呪われる。なにせ異世界から、一部を誘拐するということなのだから。
時空を開けた先にいる者達を異世界は呪い、浚われていく一部をせめてと祝福するのだ。
そしてこの世界も異世界からの一部という異物を受け入れるツケを、責任者達へと取らせる。幸運値や精霊の好意、たとえ本人達が気付かないものとはいえ…失うのだ。
召喚陣を発動させた魔法使いは寿命を削る。別段魔力の低下や疲労が無いから気付かないだろう。
次に召喚陣を発動させられるのは、一週間後。
もう一度発動させることなど出来ないだろう、たぶん途中で寿命が尽きる。
いや、少女を召喚してしまった魔術師は老人であったから、数日中には寿命がつきてぽっくり亡くなるかもしれない。
そしてあの国で召喚魔法を使えるほど魔力を持っているのは、元宮廷魔術師である青年と彼の後釜に収まった老人のみ…
ゆえに青年には未練も何も無かった。
元より王族や貴族など、鼻で笑うように尊敬も敬意も持ち合わせない青年なのだ。
『あの、おにぃさん…どこに行くんですか?わたし…』
すたすたと城を出、乗合馬車に揺られ、顔を濡れハンカチで丁寧に拭われた少女は『ありがとうございます』とぺこりと頭を下げてから不安そうに青年を見た。
少女はすでに周囲と言葉が通じないことを分かっている、けれど問わずにはいられなかったのだろう。
青年は少し考えてから口を開いた。
「わたしの名はジオラルド・ジオート、ジオと呼ばれる者だ。」
自分を指さし「ジオ」と繰り返した青年に、少女はそれが彼の名だと気付いて『じお?』と繰り返した。
『わたしは吉田真理、小学四年生ですっ』
「うむ、『吉田マリ』か。よろしくな」
これが、この世界で最も強大な力と能力を持った魔術師と、幼い身でありながら勇者として召喚されてしまった少女の始まりであった。
そして六年後、この幼な勇者を幼な妻へとクラスチェンジさせる魔術師の、物語である。
「まずは海を越えた先の大陸にある魔術師学園国家へ向うか、そこでの講師の引き抜きが以前あったしな」