半蔵門線まで
JR東京駅から東京メトロ半蔵門線大手町駅までの道のりの話をしてもいい?
東京と大手町って、ほぼ同じ駅なんだよね。や、電車で行くこともできるんだけど、乗り換え案内とかでもここは歩けって出てくる。一回も屋外に出ないで、連絡通路だけで行けるしね。
なんだけど、半蔵門線はめちゃくちゃ遠いんだよ。たぶん15分くらい歩く。東西線とかならそんなに遠くないんだけど、半蔵門線は歩くね。しかもなんか、上がったり下がったり、起伏のある道なの。だからちょっとその話をさせてほしい。
ちょっと前……何年前だろ? 東京駅の近くに勤めてたことがあって。うん、まだ田園都市線沿いに住んでた頃。田園都市線から直通で半蔵門線に入って、大手町で降りて、東京駅まで歩いてたんだよね。毎日。週五で。コロナ禍前だもん。それで、変な道だなあって毎日思ってた。
あ、なにぶん何年も前のことだから、今と違ったり、思い違いがあったりするかも。道案内とは思わないでね。
えっと、まず、八重洲口から出るのね。それで八重洲北口のほうに行く。なんか、ポケモンとかサンリオとか、キャラクターショップがいっぱいあるほう。ショップのほうに行かないで、ずーっとまっすぐ行くと、急に地下鉄はこちらみたいな案内板があって、狭い入り口があるの。
そこに入ると通路があって……いわゆる東京の古い駅の、あの薄暗くて小汚い感じの。天井がちょっと低くて。うん、でその壁に何枚かパネルがかけてある。
たぶん本当は、広告板なんじゃないかなあ。でも広告が貼ってあるの見たことない。パネル自体は森の模様なの。
えーっと、東山魁夷を連想したな。森がびっしり描いてある絵あるじゃない? 馬が歩いてて。そんな感じ。あ、別に魁夷の絵そのものじゃなくて、そういう感じの色合いの、森の絵ってだけ。絵っていうか、模様だと思う。パターン模様のパネルなのね。
……なんか怖いんだよね、その通路。別に、治安が悪いとかそういう感じじゃないの、ちょっと薄暗くて古いだけ。なんていうか……不吉な感じがするの。そんなに長い通路じゃないんだけど、早くここから出たいって思って、どうしても早足になる。森の模様のパネルが視界に入るともうたまらない。パネルはぼろぼろで、何かを貼って剥がしたあとがびっしりついてる。通路の出口はエスカレーターで、そこだけ新しくてきれいだから、手すりに触るとほっとする。それで絶対振り返らない。
いや、心霊現象とかではないんじゃない。ただ不安なだけ。ただ不吉なだけ。
横浜駅とかはよく言われるけど、東京駅も相当長いこと工事してるよね。今もしてるのかな? どこかではしてるんだろうね。
工事っぽいところを歩いてく。なんかの仮囲いの横とか、緑色の網とかをくぐりぬけて。
増築を進めていくと、どこかで間に合わせみたいに変な作りになることがあって。建物と建物を繋ぐ都合なんだろうね。その通路もたぶんそうで、急に道が細くなる。人が二人すれ違えるかどうかくらいの幅の短い下り階段が、二つ並んでるところにぶつかる。階段と階段の間には、マーキュリー……ギリシャ神話かなにかの女神を模してるとか言ったかな、の、首だけの銅像がある。ガラスケースに入ってたはず。
階段を降りると、短い、せいぜい5メートルか10メートルくらいの通路になってて、この天井が本当に低いの。私でも天井に触れるくらい。触ったことないけど。また上り階段がある。降って歩いて上って。上った先で振り返ると、またマーキュリー像がある。マーキュリー像、短い階段、低い通路、短い階段、マーキュリー像。ロールシャッハテストみたいな左右対称。
なんでだかわからないけど、そこを歩いてると産道のことを考えちゃう。赤ん坊が生まれてくる時に通る、あの産道ね。ぎゅっと狭くて低くて、息苦しいからなのかな。
でもそれってなんか馬鹿馬鹿しいよね。いや、馬鹿馬鹿しいは言い過ぎか。陳腐だよね。何にでも「それって人生と同じで」とか言い出すみたいな感じで、すぐ産道のメタファーとか言い出すのバカっぽくない? あまたバカとか言っちゃった。
とにかく、マーキュリー像からマーキュリー像に歩いてる間、苦しいな、産道、いや産道とかバカか、って思ってるわけ。
東西線の改札を過ぎてしばらく行くと、急に天井が高くなる。オオテモリっていう商業施設に入る。さっきまで薄暗くて不吉なところにいたのに、おしゃれで明るくて素敵なところに放り込まれる。吹き抜けの下を、ちょっと気の利いた文房具屋さんとか、雑貨屋さんとか、ケーキ屋さんとかが並んでる。仕事で疲れててもここはうきうきしてしまう。書きもしない手帳を吟味したり、折り畳み傘を開いてみたり。
ほんと、さっきまでほの暗いところにいたのが嘘みたいなの。綺麗に掃除されて、おしゃれな光が降り注いでて、オオテモリって名前だけあって人工の森もあるらしい。仕事頑張ったんだからかわいいケーキのひとつも買っていいかなって思う。
銀行もある。青いやつ。壁いっぱいのディスプレイに銀行のCMが無限ループしている。さわやかな好青年とさわやかな美女が微笑んだり走ったりジャンプしたりするのを眺めていると、にわかに腹の底から怒りが込み上げてくる。資本主義。金。すべて金。かわいいケーキも素敵なマグカップもこの広い空間もやけにゆっくり動いてCMを見せつけるエスカレーターもすべて金。金のため。私の気分がいいのは金のため。なんでこんなにエスカレーターがたくさんあるんだ? 馬鹿にしやがって。なにが森だよ。馬鹿にしやがってよ。
足音高くそこを抜け出す。
通路の感じが、駅っぽい雰囲気に戻る。
薬局が見えたらもうゴールはすぐそこ。明るく白い光の横を通り抜けて、スターバックスの匂いをかげば、改札が見える。これは丸の内線。半蔵門線もここから入れる。
でもせっかくここまで歩いてきたんだから、もう少し先まで行こうよ。
改札に入らずに道なりに。白い壁とガラスの仕切りの間を歩いているうちに、ふとあの森のパネルのことを思い出す。ほんの十分前のことなのに、もうずっと前のことみたい。
本当は、もっと近い道があるはずなんだよね。たぶん……あの不吉な通路を通らなくていいような道のりがあるはず。でもあの通路から逃れられない。毛虫がうごめくのをしげしげ見るみたいに、資本主義の奴隷と分かっていながら素敵なお店にわくわくするみたいに、何度否定しても産道って言葉が頭から離れないみたいに。
さあついた。ここが半蔵門線の改札。嘘みたいに人が少ないね。
……え? だから、半蔵門線の改札だって。ね、十五分くらいかかったでしょう?
あ……え、そうなの? 半蔵門線じゃなかったっけ? うそ、ごめん。送ってくれてたんだ。あー……じゃ、JRだよね。いやー、そうなんだ。言ってよ。ごめんごめん。
じゃあまたね。来週? うん。うん。じゃあね。
戻るの、気をつけてね。
じゃあ、……また。




