76 でーろん。でーろん。
*
で、翌朝。日曜日のキボコー校庭。
「おっすー、碧人」
恐る恐るグランドに姿を現わした魔王に向けて、早坂がボールを蹴ってきた。
「え、ちょ……」
制服姿にローファーの魔王が、ボールをトラップする。
「パース!」
ぴょんぴょんと子どものように飛び跳ねてボールを催促する早坂は、身体を魔王の方へ開きパスを受けやすい体勢をとった。
だからか――
どむっ、と軽快な音を立てて、魔王はボールを蹴ってしまった。すぐに、
(ボールを蹴るつもりなんてなかった……)
と、昨夜のミノルタードやアオの件からくすぶり続けている決意があやふやになる。
「ナイスパース♪」
早坂が魔王に向けてサムズアップをしてボールを受ける。
無性に泣きたくなる気持ちがせりあがった。
「おー、碧人、待ってたぞぉ」
ふるふると、魔王に手を振るキャプテン藤堂。
女鹿がちょっとだけ恥ずかしそうに魔王に視線を向けた。
部多谷が「ぶひー」と魔王に笑いかける。
「碧人だぁ」「碧人、やっほー」
部員たちは皆、好意的に魔王を迎えてくれた。
(どうして、……みんな……吾輩に優しくしてくれるのだ。友達の輪に入れてくれるのだ。吾輩は……魔王だぞ。ヒューマンの世界では憎まれ役で、ラスボスで、勇者に倒されるべき存在だぞ……)
魔王が密かに実行しようと考えていること――。
それは、今日の挨拶をもって、皆の前からいなくなる、だ。
勇者アオへと転生を果たした大空碧人は死んだ。
つまり、大空碧人は存在しない。
魔王が彼の身に転生したところで、大空碧人ではない、魔王だ。しかも、碧人自身を屠ったのも魔王だ。
だから、大空碧人は世間から姿を消した方がいい。そう決断を下した魔王。
何も言わずに去ることも考えた。
しかし、日本の古き良き精神論を学んだ魔王は、去り際も挨拶をする和の心得に感銘を受けていた。
だから、サッカー部をやめることを伝えてから、皆の前から去る。
太郎にも花子にも、今朝、「行ってきます。今までありがとう」と礼を述べてきた。
花子は、「碧ちゃん、なんて礼儀正しい子に育ったのぉおおお」と魔王を抱き締めた。魔王がこのまま姿を消すとは露知らずに。
太郎も、「うおおおおおお。立派に育ってパパちんも嬉しいぞお」と魔王を抱きしめる花子ごと、抱き締めた。
その時の父母の匂いを思い出すと、……なんだか、とっても……涙がでちゃいそう。
決意が鈍る前に、魔王は、
「それじゃ……」
あとは手をさっと挙げて、走りだせばいいだけだ……。
本気のダッシュをすればあっという間にここからいなくなれる……。
でも、でも……、目頭が熱い、鼻の奥で水気を感じる。
〝あの人〟を目で探していた。
最後に一目だけでも……。
運命の出会いは、脆い、そして儚い。
そもそもザキラスティアとミスティゾーマが同じ世界に共存するなど、あってはならない。だからこそ、二人の魔王の存在感に堪えられず、空間には亀裂が入り、繋がるはずのない世界とこことがリンクした。(魔王はまさか自分のシュート練習が空間亀裂の原因だとは思っていない)
すべては、『ここマジ、ちょーブラック』のテキトーな仕事のせい。
居続けては、もっと、とってもヤバい事態にヒューマンたちは巻き込まれるだろう。
だが、『ここマジ、ちょーブラック』が、ザキラスティアとミスティゾーマを出会わせてくれもしたのだ。ヒューマンなど顧みずに、ここに居続けても……。
ふるふると魔王は頭を振った。
不思議だな。魔王は人知れずに息を吐く。
他者の命、特にヒューマンの生命をこれっぽっちも顧みない魔王だった。それが今や、判断基準がヒューマンありきになっている。
碧人に転生して約二ヵ月、たった二ヶ月、……魔王は変わった。
チームメイトとの友情、両親の愛情、好きな人を守る、誰かを思いやる、魔王には甚だ相応しくない感情を抱くようになれた。
吾輩は、少しは、成長したのだろうか……。
ありがとう、みんな。
ここに転生して、皆に会えて、こんな気持ちを抱けるようになって、メチャクチャに感謝してる。
サヨナラ、みんな。
サヨナラ、ザキラスティ――――――――
でーろん。でーろん。




