68 〝処女魔王と魔王とが結ばれし時、偉大なるチカラが生まれる〟 ちゅーでもいい。
魔王の胸に、彼女の温もりが伝わった。それは魔王自身の熱と合わさり、いつしか力が漲っていた。青臭いけど、勇気みたいなものがぐんぐん湧いてくる。
不意に、サッカー部に参加したての頃を思い出した。
――いいんだよ、ケガを押してまでやり遂げなくてもいい、おまえがケガを引きずる方が俺達には辛いんだ。先輩! だったら俺がおまえの分まで走っていやる。先輩!
クソ茶番とこきおろした魔王が、結局は衝動につき動かされて「おまえの分は吾輩が走る!」と駆けた顛末。
あの後、一時とは言えヒューマン属性に染まった自分を、魔王は悔やんだ。
でも……、しかし……とても美しい自己犠牲だったじゃないか。
魔王としては学べなかったものを、ヒューマンから学んだ。
それは、心の豊かさ。感情の機微。相手への思いやり。
だけど恥ずかしくて、魔王は認めたくない。
「あんた」
「……平気だ」
大丈夫なはずない。
ずしゃっ。
魔王と美神とが錐もみ状態で地面に落ちる。
「なーんか、お熱いねー。抱き合いながら落ちるなんて。けけけけ」
ひゅー、とアオが口笛を吹く。
魔王は前髪に手を触れ、灼熱の業火を放った。
アオが一瞬にして炎に包まれる。これで少しはダメージを与えられ――
「だからさ~」
燃え盛る火だるまの中から、呆れ口調の声がした。続く、パチンと指のクラップ音。
炎が消え、無傷のアオが苛立たし気に魔王を睨んだ。
「くそー、暑ぃな。クソみたいな火でも梅雨に浴びると蒸し暑い、イライラする」
サファイアブルーの兜をアオは脱いだ。
アオの顔全体が露になる。目もとのほくろ、顔のパーツの何から何まで、まさに、魔王が転生している碧人と同じ顔だ。
「嫌になるよなー、目の前に自分がいるって。ドッペルゲンガーじゃあるまいし。しかもそれが弱いって。ムカつくこと100倍だろ」
脱いだ兜をアオが指先でクルクルと回し始める。
力の差に余裕を感じたが故の戯れなのだろう。転生前の碧人はそういう者だ。自分よりも弱いとみなすや徹底的に相手を貶める。勇者たる人格を有してはいない。
……『ここマジ、ちょーブラック』め……。
「碧人。いや、ミスティゾーマ」
美神が魔王の耳元で呟く。息がちょっとこそばゆかった。
そんな2人の仕草を、アオは目ざとく捉えて、
「じゃあ、殺す前に1分やるよ。おまえらそこでチューしちゃえば。けけけけ」
と、再び兜を回すことに夢中になり始めた。くるくると結構上手に回っている。
「キスしなさい」
「へ?」
アオのチュー要望にマジで応えんの? いや、それよりも――ごくりと魔王は唾を飲み込む。
こんな危機的状況の中、魔王の鼓動はドキドキと高鳴っていた。
この気持ち……しかもその相手がキスしなさいと言う。
「早く。キスして」
美神が目をつぶった。
(!?)
美しいメスなど見慣れてきた。妖艶、華やか、可憐。
それなのに、美神がキスをせがむ顔は、魔王の心を射貫いた。
同時に〝守りたい〟との熱量が嵩上がっていく。
これはきっと運命。
魔王は魔界で独身を貫いた。縁談すべてを断った。容姿も性格も器量もすこぶる上等なメスであっても。
きっと、この時のため……だったのか――?
知り合ってせいぜい2カ月の美神。いや、ザキラスティア。
だが、きゅいんと心の奥深くで共鳴する。お互いの魂が、『魔王』という共通項を通じて、通じ合い、ひかれ合い、愛し合う。
魔王は、そっと首を傾けた。
鼻先どうしが軽く触れる。美神の唇に自身の唇を重ねた。想いを口から伝えるように、心を込めてのキス。
ふと温かい光に魔王と美神はくるまれた。
そのことに気づかずに、2人はお互いに目をつぶり、接吻中だ。
命尽きる今わの際に燃え上がった情熱。二人は持てる魂をすべて注ぎ込み合い、高め合い――。
〝処女魔王と魔王とが結ばれし時、偉大なるチカラが生まれる〟
で、それは、ちゅーでもいいらしい。
偉大なるチカラが、2人を包む。
2人を繭のようにくるむ光の輝きが増した。明らかに純度が濃い。




