62 こんなハスキーヴォイスの持ち主は、一人しかいない――美神だ
「死ねぇえええええいっも、二度も通用しないも、ここでは古くからある破滅フラグなのよ。こっちの世界に来るなら、ちゃんと下調べしておくことね」
こんなハスキーヴォイスの持ち主は、一人しかいない――美神だ。
結菜のはだけたスカートを戻した美神は、今度は魔王の真正面に立った。片腕を抱きながら女教師スタイルで魔王を睨む。
「やっぱりね。初めてあんたを見た時から、どこか変だと思ってたのよ。ようやく尻尾出したわね」
「そういうおまえは……何者だ?」
「はははは、はいっ」
美神の背後で結菜が挙手する。
「結菜ちゃん、今は黙ってて」
「はははは、はいっ」
挙げていた腕を下げる結菜。
2人のコント劇で完全に放置&無視されていたミノルタードが、情緒不安な生徒よろしく吠えた。
『静かにしろぉッ!』
「うるさい。黙ってて」
美神が言下に一喝する。瞬間、美神から残虐マックスな気配が立ち昇った。
魔王は言葉を失った。
美神が纏うオーラ……おそらくだが、魔王時代の自分を越える圧倒的な力の源泉がある。
ぶるり。武者震いだと思いたい。
対して、ミノルタードの巨体が痙攣するように激しく震えた。
彼も察したようだ。
眼前の美神がとてつもないパワーを秘めていることに。そして、敵わない相手であることに。
涙目で弱気を露にさせたミノルタード。彼がこのような表情をするなんて……。
いやしくも魔人だ。相当なるメンタルタフネスが備わっている、はずなのだが。
ずり。
ミノルタードが1歩後退る。すぐに2歩目、3歩目と。
「うにゃん」
とてっ、と誰か――マミりんが転んだ。背後を確認しないで後退していたミノルタードの身体が彼女にあたったのだ。
(何でおまえそんなとこにいんだよ!)
つっこみたい魔王がハッとする。
ミノルタードの腕からとめどなく、ぶしゅう~っと噴水のように吹き出す血。
マミりん大好物・血まみれスプラッター現場。
魔王の考察を肯定するように、倒れたマミりんは不自然な姿勢で高速ツンツンを繰り出す。
怯え一辺倒であったミノルタードの表情が、すいっと冷酷な眼差しを取り戻した。
「ひはっ?」
ミノルタードがマミりんを担ぎ上げた。
「う、牛さんに、た、高い高い……ですか? な、な、何か、い、いいですね。はあっ、はあっ……」
「結菜ちゃん、黙ってて」
事の重大さを物語るように、さっきよりも強い口調で窘める美神。
『モオオオオオッツ! こいつの命を助けて欲しくば――』
「あんた、やっちゃいなさいよ」
そう言いながら、ミノルタードとの距離を美神が一瞬で詰めた。
魔王は美神の残像を追えたが、ミノルタードは何が起きたかの分かっていない。
まさに高速の救出劇だ。
マミりんを担いでいたはずの肩が空白になり、ミノルタードが驚きの声をあげる。
『モオオっ? モオオオオ?』
マミりんを抱きとめ、救出した美神。
彼女はリラックスした表情で、再度、魔王に視線を向けた。
「さ、見せて。あんたの力。この子たちには眠ってもらうから」
言うや、睡眠魔法を美神が唱える。
美神に抱かれたままマミりんが、
「ンゴゴゴゴゴゴ……」
と豪快な鼾をかく。
「ふわぁあ~」
世界を春めかせるようなあくびをした結菜は、コテっと路面に倒れる。
「むにゃむにゃ~……すすすすすすステーキはおろしポン酢で……むにゃむにゃ」
「わたしは手を出さないわ。生きるも死ぬも、あとはあんた次第」
マミりんも路面にゴロンさせた美神が、これから始まる魔王とミノルタードの対戦を観劇するように道路脇の壁に背を預ける。
そうしてから、美神はサッカーボールを魔王に見せた。彼女は背中にサッカーボールを隠していたみたいで、見せる仕草の途中で彼女が浮かべた表情は、美人というよりも童女のようにかわいらしいものだった。いわゆる隠し事を大っぴらにするときの子どもみたいな純真さがそこにはあった。
魔王は、このとき人知れずキュンときた。




