61 「結菜ぁああっ!」
『ククク……。この世界は低能ヒューマンの肥溜めだと思っていたが、オマエのような奴がいるとはな』
眼前にいるのが碧人に転生した魔王であることに、ミノルタードは気付いていない。
ミノルタードは魔界三傑には及ばずとも、それに近い戦闘力を備えた魔人である。魔界では主にリキシ―を配下に従えていた。
(ちっ……)
魔王は舌打ちする。
リキシ―が現れた時点で、ミノルタードの来襲を予期するべきだった。それを怠った自分に、魔界に比べすこぶる平和なこの世界で約一カ月半をぬるぬるに過ごした自分に、魔王は腹を立てた。
『リキシ―のヘアミン・ポイント(HP)が消えた。貴様がリキシ―をやったのか?』
牛頭のくせに髪を生やしモヒカンにしているミノルタード。立ち上がる髪をゆさりと揺らして顎を引き、魔王を三白眼で睨むんだ。
魔界において髪は命だ。
ヒューマンの世界でも同様のことが宣伝文句になってはいる。だが、あくまでもシャンプーや育毛剤などの美容に限ったこと。
魔界では髪そのものが生命力と強さの源となっている。
三傑も太く逞しい毛髪を生やしていた。が、それ以上に、魔界における魔王の毛髪は他を圧倒し、それが卓越したヘアミン・ポイント(HP)に直結していた。
(さて、どうするか――)
あらためてマミりんと結菜に視線を配る。
いっそのこと彼女らが気絶していれば、魔王としてはやりやすかった。身バレせずに思う存分戦える。
『このミノルタード様を前にしてよそ見とは……ククク、舐められたものよ』
「ビ、ビーフは舐めてはいけません……。か、かか、噛むんです」
ピキッ
ミノルタードのこめかみにくっきりと青筋が立つ、や、
モオオオオオオオオオオッ――――ツ!
咆哮とともにミノルタードが結菜に向けて急降下する。
「ひはぁああっ!」
勢いに驚いた結菜が尻から転倒し、紫色のパンツが丸見えになるも、いまの魔王に上半身を屈める余裕はない。
ヒューマンに転生し、ただでさえ能力を落とした状況で、どれだけミノルタードの攻撃を防げるか。
魔王は駆けながら、再度、防御シールド魔法を唱える。四方に透明な壁が作られ――ズバキュンッ!
やすやすとミノルタードに突破された。
『馬鹿め。魔人に同じ呪文は二度も通用しない』
ミノルタードの動きは速い。今の魔王では間に合いそうもなかった。
魔界では、ミノルタードによって殺害されたヒューマンを幾度となく見てきた。それと同じ絵柄が脳裏を掠めた。
そんな地獄絵図。魔界においては日常茶飯事である。
魔王にとってイチ・ヒューマンにすぎない結菜の生命など、幼少時に遊んだビー玉よりも軽い。
しかし……、
結菜が魔王を見つめていた。
信じてる――そんな気持ちがひしひしと伝わってきた。
やめろ! そんな目で見つめるな!
魔王は心の中で大きく首を振る。
おまえごときが死んでも吾輩は……――
まだ出会って2ヶ月も経っていないのに、結菜とのあれこれが新幹線のマックススピードよりも高速で魔王の中に甦る。
いつもニコニコと魔王に笑いかける結菜。
純真で、ズレていて、だから周囲からは浮いていて、危険にばかり遭い、それでもへこたれることなく毎日を過ごす、結菜。
はっ、な、何を吾輩は考えているのだ……。
目の端で、結菜が薄く笑う。
遭遇した数々の事故の中にあっても、今度こそは助からない。そう直感した結菜の諦めの表情だった。
魔王に罪悪感を覚えさせないよう、敢えてふわりとした笑みを届けたのだ。
別にそれが何だというのだ。
魔界では、魔王はいちいちそのような些事に気を配る必要はない。
むしろ結菜が殺された一瞬の隙を、魔王はつくべきだ。それならばヒューマンに転生した魔王でも容易にミノルタードを屠れる。
――お兄ちゃんカッコいい。勇者みたい。
――おまえは魔王だ。
…………。
ビー玉よりも軽いかもしれない。だけど……、結菜はビー玉以上に輝いているっ!
「結菜ぁああっ!」
諦めかけた心根を、怒鳴り声と一緒に払拭する魔王。身を盾にするために、結菜に向けてダイヴした。
『死ねぇえええええいっ!』
魔王と結菜を一緒くたに屠るつもりなのか、ミノルタードが痛恨の一撃を喰らわせるべく斧を振りかぶる。
直後、真っ赤な光が現場を蹂躙した。
血ではない。血に似た色合いの光線が、惑星の爆発時のような溜め込んだパワーを放射し、弾け飛んだ。
でもやっぱり血しぶきもあがった。ぶしゅばあっと。
『うぎゃああああああああッ!』
右腕をすっぱりと切断されたミノルタードが、悲鳴とともに後方へ跳ね、防御姿勢をとる。
真っ赤な光が薄まっていく。
やがて姿を現わした見覚えのある、タイトスカート。




