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60 魔人・ミノタルード 「わ、わわわ……わ、和牛ですか?」

☆★☆★……


 とある一軒家の上空で、ひっそりと空間が歪んだ。要は、まただ。

 数秒間うねうねした後、ギザギザっと亀裂が走る。これも同じ。

 で、やっぱりちょっとだけ穴が開いちゃいましたみたいな感じになったところで、その穴の向こう側から――


……★☆★☆


 自宅前に結菜がいた。

 時刻は午前0時を回っている。お年頃のヒューマンのメスがうろつく時間帯ではない。


「あ、あ、あ、あ、あ、……の……、ししし、心配で。なんか、あの、しし失礼かもしれませんが、弟を思い出すんです」

 そう口にしたっきり結菜は黙り込んだ。どうしてそんなことを口走ったのかが理解できぬ、そんな表情を浮かべた。結菜は一人娘である。

 外灯の明かりが結菜を優しく包む。


(ん?)

 魔王は結菜の外見からあることに気づいた。

 それは、結菜が何一つ怪我をせずにここにたどり着いているという事実。

 いつものように流血していない。

(珍しいな……というよりも、ひょっとしてこれから?)

 一抹の不安が過ぎる。


 しかもだ。

 魔王は後ろを振り返った。

 電柱の後ろで、サバンナの小鹿よろしく様子を窺がっている者――マミりん。

「へにゃっ!」

 気付かれているとは思っていなかったマミりんが、大仰に尻もちをついた。

「あ」

 マミりんの色っぽい声。

 即座に魔王は上体を屈めた。もはや条件反射だ。今日は生地の薄いズボンをはいている。


 結菜が、

「お、お……お辞儀ですか? じゃあ、わ、わたしも」

 清楚な仕草で頭を下げる。

「あそこ……妖精が飛んでる。あと、もっと巨大なもの……あたしの嫌いな奴」

 マミりんが結菜の背後、闇空を指さした。


(……妖精? 嫌いな奴?)

 マミりんが『嫌いな奴』などと評するのは珍しいことである。上半身を屈めた姿勢で、見方によっては気味が悪い恰好で首を背後に回そうと――……

 不穏な気配!

 魔王は即座に防御シールド魔法を半径50メートル四方に張る。60秒間、攻撃に耐えられる透明な防壁。これが碧人の形態でできる咄嗟対応の限界だ。

 刹那、


 ドドドドドドドドドッド―――――――――ッン


 とでも表現できる重量級の波動が放たれた。

 音と威力は、魔王の防御シールド魔法で吸収されてはいるが、それでも余波の風圧が魔王の前髪を千々に乱す。


「なにっ!」

 思わず声をあげた。

 突然の攻撃に対する驚きではない。

 魔王がいま目にしている(マミりんが妖精と表現した)者が、魔人・ミノタルードであったからだ。

 諸刃の斧を持ち二足歩行をする牛。ヒューマンの伝承で例えるならば、ミノタウロスに姿形が似ており、妖精からはかけ離れている。


 ツンツンツンツンツンツンツンツン……――

 マミりんの指先の動きが魔王でさえ見切れないほど高速になった。これから凄い修羅場を目撃できる興奮で、マミりんの瞳が爛々と輝く。


 じゃあ、結菜は?

「わ、わわわ……わ、和牛ですか? あ、あ、あああ、アメリカンビーフですか?」

 波動の余波で頬と膝に傷を負っていた。血がダラダラと垂れている。むしろ、その程度で済んでいるのが不思議なくらいだ。


〝指どうしを突き合わせる者が危険を炙り出し、長い髪を二つに結んだ者による黄金色の光がチカラを助ける〟


 古の言葉を思いだしかけるも、今は、目の前の敵に集中しなければならない。

 何故ならば、魔王は――彼を知っているからだ。


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