59 幕間 魔界のマミりん
◇ 幕間 魔界のマミりん ◇
魔王ミスティゾーマが統べる魔界で、マミりんは最下層のヒューマンであった。
山里深い村で育ったマミりんは母子家庭だった。
幼い頃、体調を崩して寝込んでいた母に代わり、川に洗濯に行った父は、そのまま蒸発した。日頃から酒癖の悪い父であったため、周囲のヒューマンは父の蒸発の理由を好意的ではないものとして受け取った。
ただ、そんな中、こんな目撃談もあった。
どんぶらごおおおおおーっと流れてきた大きな桃尻みたいなものに誘われるがごとく、急流甚だしい川へとその身を投げたとも。真相は闇の中である。
で、話は逸れたが、マミりんはそれ以降、母と二人で暮らすようになった。
母の体調は芳しくなく、今朝も、マミりんは『乳あて』と呼ばれるブラジャーのようなものを川に洗濯しにいった。
今日洗う乳あては、特にマミりんが気に入っているものだ。
それだけにひどく時間をかけて念入りにごっしごっしと洗っていた時だった。
ぷん、と血の匂いを嗅いだ。濃すぎるほどの匂いだった。
無意識のうちに両手の指先をツンツンしだした。
「あ……」
手から離れた乳あてが奔流に飲まれた。それでもマミりんの高速ツンツンは止まらない。流されていく乳あてを目で追いながらも、意識はツンツンと、血の匂いに魅かれていた。
山の動物たちの祝い唄に誘われるがごとくフラりとした足どりで、いつしかマミりんは血の匂いをたどり始めた。
10分ほど歩いた先。そこは、マミりんが母と暮らす村であった。
そこに広がる光景。和やかな炊事の煙ではない、村を丸ごと飲み込むような大火が、粗末な家々の藁を、軒を、柱を燃やしていた。ぶすぶす、パチパチと、進行形の火が跳ねる音や、事物を燻製化する気配に満ちていた。
家があったであろう場所の近くでは、惨殺死体が散らばっていた。血はまだ固まっておらず、炎が血を炙っていた。匂いのおおもとはこれらであった。
ハッと口を押さえるマミりんであるが、次の瞬間、ツンツンが高速どころか音速化した。
自分の手は何をしているんだ。
普段からそれほど口数が多いほうではなく、また、村の者からも「思っていることがよく分からん」と蔑まれていたマミりん。その言葉が、この期に及び、まさに自分によく当てはまることに思い至った。
村長は、意地悪なミレーユは、いやそれよりも、母は、母は大丈夫だろうか?
心配するも、ツンツンは止まらない。不安感よりも、蠱惑的なドキドキ感が胸の中をしめていた。
村のはずれにある家の方へ駆けていく。どこもかしこも血にまみれた死体だらけだった。動かす足よりも、突き合わせる指同士のピストン運動の方が速かった。
――と、いきなりだった。
あともう少しで家にたどり着く、その直前、背後からバッサリとやられた。
不思議と痛みを感じなかった。
けけけけけ、といやらしい笑い声を耳が拾った気がした。
崩れ落ちる直前、散乱する死体の中に、目を見開いたままコト切れている母の顔を見た。
――あっ。
マミりんの視界に闇が落ちた。




