58 サッカーを通じて知り合った仲間達との絆
*
「……あれ?」
意識を戻した女鹿が首を素早く左右に振る。巣穴から顔を覗かせたプレーリードッグが安全を確認するみたいに鼻をひくつかせた後、
「おまえだけ?」
立ち上がり、遠くの方まで目をこらす。
「いきなり気を失ってどうしたんスか?」
「は? だって……おまえも見ただろ? つか、俺、おまえに突き飛ばされたし。あの変な……ゴリラみたいな奴」
その際の衝撃を思い出した女鹿は、ブルっと身体を震わせた。すぐにキョロキョロと再度の安全確認をする。
「ゴリラ? そんなのいませんよ」
シレっとした顔をつくり、魔王は言下に否定した。
「嘘だよ。俺見たもん。おまえの背後に毛むくじゃらのゾンビみたいなの」
「ここ、屠畜場の跡地に学校建てたんで、アレじゃないっスか?」
「マジ? ……アレか」
両手で幽霊ポーズをつくる女鹿。
ちなみにここが屠畜場であった事実はない。ハッタリをかましている。
「うわーマジか。初めて見たよ……。初体験はゴリラよりも美人の女版が良かったなあ」
リキシ―の死体は既に綺麗さっぱり消えていた。
どうやらヒューマンの世界で魔物が死ぬと痕跡さえ残らずに消滅するようだ。
女鹿は肝を冷やしたらしく、
「もー、ランニングの気分じゃねぇな」
グランドの隅にある荷物をいそいそとまとめだす。
「じゃあ、俺、帰るから。おまえも帰った方がいいぞ、またアレが出たら……」
口にしている途中で再び怖くなった女鹿。身体を両腕で抱き締める女教師ポーズをした。ある意味で、アレよりも気味が悪い。
「お疲れさまでした」
「ああ、」
女鹿が頷き、魔王に背を向ける。
「その……――早くグランドに戻ってこいよ。待ってるから、俺も、みんなも。また一緒にサッカーしよーぜ」
「――」
さくさくと校門に向かう女鹿が振り返る気配はない。
遠ざかる足音。闇に紛れていく背中。
女鹿は何気なく言ったにすぎないだろう。
でも、どくどくと体内でサウンドが鳴り始める。脈打つ鼓動。
魔王はぎゅっと拳を握り締めた。
女鹿が角を曲がりその姿が完全に見えなくなる。足音もふつりと消えたように聞こえなくなった。
どくどく。どくどくどくどく――。
女鹿が去っても、女鹿が残した言葉は、消えなかった。
柔らかい風が吹く。しまい忘れられていたサッカーボールを見つけた。魔王はそれを器用に足でリフトアップした。優雅に舞い上がるボールが、月明かりを受け、宙のアーチに棚引く流れ星みたいだった。
(ああ、ボールのこの感触……)
魔界では味わえなかったこの〝サッカーボールとお友達になる〟感覚を、魔王は二度と失いたくないと思った。
そして、サッカーを通じて知り合った仲間達との絆も、失いたくはなかった。
一歩、足を踏み出した魔王は、やがて確かな足どりで家路についていく。
*
ツンツンツンツンツン――。
リキシ―の惨殺シーンを、マミりんはこっそり眺めていた。浮かれ気分でツンツンがどんどん速くなる。
――と、
(あっちの空にも、妖精がいる)
マミりんが遠く、碧人の住居がある方角の空を見あげた。
魔王の後をつけるように、静かに足を動かす。




