55 碧人、ごめんよ
誰?
体育館脇の小道を過ぎ、グランドが見える場所にさしかかる魔王。
(あっ!)
魔王の双眸が捉えた人物――ジト目視線そらし男がハイペースでグランドを走っていた。
円周をぐるりと曲がりこちらに身体が向いたところで、彼も魔王に気づく。
「げ」
ジト目視線そらし男のジョグする足がピタリと止まる。いつかのように魔王は彼から速攻で視線をそらされた。
(……)
2人が沈黙したまま時間が過ぎていく。
まさかここで、この時刻に会うなんて。しかも2人っきり。共に腹の中で真っ先に抱いた感想はこんなところだろう。
言葉を発しない時間が流れるほどに2人の間にある見えない壁が厚く凍っていく。
「あの、」
魔王が先制して言葉を発するも、その先が続かない。
(謝れ。……謝るんだ)
転生してから芽生えた魔王の良心がそう告げた。
「ご、め、……」
喋っている最中でわなわなと唇が震えた。あと4文字、んなさい、と口にするんだ、そう思った矢先、碧人の部屋で見たラノベのタイトルが頭の中に浮かび上がる。
……遠くから、声が聞こえた。
――おまえは――生まれついての『魔王』だから。
「ひっ」
魔王が鋭い息を吐く。
木霊のように聞こえていた声は、魔王のすぐそばで坊主の念仏のような響きで繰り返される。
――おまえは――生まれついての『魔王』だから。おまえは――生まれついての『魔王』だから。おまえは――生まれついての『魔王』だから。おまえは――生まれついての『魔王』だから。
耐え切れずに魔王はしゃがんだ。耳を押さえるも、声はやまない。
(吾輩は魔王……)
涙が出そうだ。
どれだけ頑張って心を入れ替えても、無駄なのか。
(もう、ここにはいられない――)
屈んだ姿勢からカエルジャンプをして魔王が駆けだそうとした時、
「碧人、ごめんよ」
切実なトーンの声が魔王の耳に入った。




