52 おまえは、生まれついての『魔王』だから
誰も何も発することができない。口をぽかんと開けたまま。身じろぎさえできなかった。
いや、1人だけ軽やかに動く者がいた、マミりん。
ツンツンさせている指の動きがめっちゃ速い。ツンツンツンツンツンツンツン……。爛々とした瞳はLED灯よりも光度が高く、ふすーふすーと小鼻から忙しなく息を漏らしていた。
発覚した。
マミりんは暴力や血の現場に、興奮する。
高揚が最高潮に達したマミりんが早口で言った。ツンツンさせていた指を空に向け。
「お空に妖精が飛んでます~」
しかし、今はマミりんの不思議ちゃんっぷりに応じる余裕はない。皆、マミりんが指さす先を見ずに無視した。
「おい、大丈夫か?」
ようやくアクションを取れるようになった部員が数名、グランドに倒れた3名に声をかける。
誰も魔王のもとには来なかった。
皆、ぶっ倒れている3名を介抱しようとしている。
魔王はひとりぼっちだった。
(あ、ああ……)
魔王は、ジト目視線そらし男の身体を押した己の手を見つめた。
(この手で……幾多の命を奪ってきた。そして今もまた……)
自分の手が不浄なものに思えてきた。ガクガクとその手が、身体全体が震えだす。
(吾輩は……勇者(いい人)になりたかったのでは……?)
処刑される者達の表情がフラッシュバックする。諦めの中に宿る魔王への憎しみ、それを伝える、あの目……。
――おまえは勇者になんかなれない。
声が、……聞こえた。
魔王はその場で振り返る。
だが、誰もいない。魔王のそばにいる者なんていなかった。
――おまえは勇者になんてなれない。
また聞こえた。
耳元で囁かれているみたいだ。耳を塞ぎ、首をめぐらす。誰もいない。
誰だ? 誰がそんなことを言う?
――おまえは勇者ではない、魔王だ。殺戮と破壊、恐怖をもって魔界を統べる魔王だ。
ボソボソっとした聴き取りにくさはもうなかった。処刑された者達すべての声が合わさったような野太さで、魔王の心に直接届く声だった。
「誰だ? おまえは誰だ! どこにいる?」
耐え切れずにシャウトする魔王。
突然キレた魔王に体を縮こませた部員達は、不審者に向けるような視線で魔王を見やる。
(あ、あああ……)
痛い……彼らの視線が痛い。己を弾劾する目つき……そう魔王には感じられた。
声が畳みかけてきた。
――おまえは勇者(いい人)になんてなれない。
――おまえは魔王だ。
――その手を見ろ。
――どれだけの血を吸ってきた? ≪ハゲチャウシカナイオン≫を唱え、紫色に光ったおまえの手は、どれほどの死を与えてきた?
「うわっ……うわあああああああっ……」
膝から力が抜け、その場でしゃがみ込む魔王。両手で抱えた頭を激しく振る。
奇行にどう対応していいのか分からない部員達は、誰も魔王に近寄れなかった。
(誰も助けてくれない……)
――当然だ。殺戮と破壊の魔王は孤独だ。恐怖をもって支配するおまえに理解者や仲間は不要だ。おまえは独りぼっちだ……。
「うわあああっ……うわあああああっ……」
次々と、今まで粛清した者の恨めしい顔が魔王の脳裏を過ぎっていく。
声が太くなったり細くなったり高くなったりドスをきかせたように低くなったりしながら、空耳のように、でもしっかりと魔王の心の中で響く。
耳を塞いでも届く。胸を掻きむしっても、ブンブンと頭を振っても、響き渡る声。
――おまえは勇者(いい人)にはなれない。何故なら、
声がタメを作った。
――おまえは、生まれついての『魔王』だから。
ドーーーーーーーーン
グランドの砂利を握りしめ、うつ伏せで、息絶えるように、魔王は意識を失った。




