48 『人間関係に悩んでいた』、悪化すると『世界を破壊したい』衝動に駆られる者
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「お大事に」
病院に近い薬局から手渡された薬をボディバッグに入れ、魔王は小さくため息を吐いた。
心がざわざわする。
すぐに、処方された抗不安薬を頓服で飲んだ。
自己否定による重度の不安障害。
魔王は月に二回のペースでメンタルクリニックに通っていた。
転生当初にも、ダンプ飛び込み自殺を図った碧人ゆえに通院を勧められたのだが、
「心の病気? ハ? 魔界を統べてきた魔王を何だと思っておる、ふざけるな!」
とはねつけた魔王だった。
だが今は、心の病気について誰よりも理解し、精神科医よりも膨大な知識を有していた。
薬局から5分ほど歩いた場所にある2級河川、その川幅10メートルを跨ぐ橋の欄干にもたれながら、魔王は暮れゆく夕空を眺める。
薬が効くのを待つ魔王。
橙色の光が目に沁みるのか、薄っすらと涙を浮かべていた。ため息を吐く。最近はこの繰り返しだ。
と、声をかけられた。
「大空君」
ふり返る先で、30代前半と思しき女性が魔王に向けて歩いてくる。
「ああ、やっぱり。一時期通院してなかったから、心配してたのよ」
誰だろう? 転生前の大空碧人が絡んでいたことは間違いないが、魔王が調べ尽くした交友関係の中で眼前の女性の情報はなかった。
「患者んさんが通院しなくなるのは、実はよくあることなの。快方に向かって通院しなくなる分にはいいんだけど、中には……」
ちょっと言いにくそうに女性が声を小さくした。
「自分で命を絶ってしまう人もいるから……本当に心配した」
リストカットした図星をつかれた魔王は、動揺してうつむく。
「きみが通院していない間に先生は産休に入っちゃったけど、わたしはカウンセラーとして残っているから、またあの衝動があったら先生を通じてカウンセラー要請をしてね」
(……転生前のこの身体の持ち主、碧人は、ここに通院していたということなのか。そういえば病院の診察券を新規ではなく紛失で発行されていたな)
いや、それよりも、と魔王は顔をあげた。
女性は包み込むようなやわらかい顔つきで魔王に視線を向けてくれた。とても安心感のある雰囲気の持ち主で、カウンセラー(臨床心理士)らしい女性であった。
「あの、吾輩の『またあの衝動』って、どんな衝動ですか?」
ぷぷっと女性が吹き出した。
「ごめんね、大空君が『吾輩』なんて言うから、思わず笑っちゃった。でも、今の質問はひょっとしたらいい兆候なのかも。忘れてしまえるくらいに、症状がおさまりつつあるのかな。あ、ごめんね、そろそろ病院に戻らないと、休憩終わっちゃう」
踵を返しかけた女性が、魔王に言葉を置いて行った。
「すっごく人芸関係に悩んでいたときの大空君よりも、今のあなたの表情には素直な感情が見てとれるよ。焦らなくていいから、ちょっとずつ進もうね。また、『世界を破壊したい』衝動があったら、すぐにカウンセラー要請してね」
(――え!?)
病院へ向けて急ぎ足で去っていく女性の背を見ながら、魔王はある種の理解を得た。
転生前のこの身体の持ち主は、ヒューマン特有のストレス『人間関係に悩んでいた』そして、悩みが悪化すると『世界を破壊したい』衝動に駆られる者だった。
(……いったい、前の碧人はどんな奴だったのだ?)
会ってみたい気もするが、そんなことは不可能だ。
ただ、何かしこりのようなものが魔王の心の奥にポトンと落とされたような気がした。




