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4 朝練

 魔王が通う私立希望ヶ丘高校は、県内はおろか国内でも有数の進学校だ。

 毎年度、二ケタの人数を東大へ送り出す。受験偏差値70越えはダテではない。


 同時に、部活動においてもインターハイ出場、もしくは県大会上位に食い込む部が複数ある。他校の学生からすると「ふざけんな!」と愚痴りたくなるほどの文武両道校なのだ。

 特に空手道部は、女子が15年連続でインターハイに出場中だ。今年も粒ぞろいの猛者が稽古に励み、記録更新は堅いと目されている。野球部は甲子園出場経験こそないが、時間の問題だ。


 で、大空碧人は――サッカー部だ。

 サッカー部は県大会の予選リーグを突破し、決勝トーナメント3回戦が最上位の成績である。それでも県でベスト16だ。まずまずの実力を誇っている。


 というか、

 魔王は自動的に、サッカーピッチへと送り込まれる。そういうことだ。


 サッカー。

 ヒューマンが治めるこの世界で、かなりの競技人口を有し、巨額のマネーが動くスポーツだ。

 ネットでサッカーを調べ尽くした魔王は、オフサイドやPKペナルティキックなどのルールの他に、インステップキックやボディフェイント、無回転シュートなどの技術も学習済みである。


 過去3回分のワールドカップ全試合を倍速で見た魔王は、プロ最高峰のサッカースキルを完コピした。ボールには一切触れずにだ。魔王にとっては一目見れば再現できる暇つぶし程度のことである。


 朝練と呼ばれる早朝稽古をしていると聞きつけた魔王は、グランドに顔を出してみた。

 すると、さっそくボールが転がってきた。

「おーい碧人ぉ。退院したかぁー」

 魔王に向けて手をぶんぶん振るスポーツ刈りの青年。

 威勢がよいにもかかわらず、どこかダラっとしている。

「早坂か!」

 大空碧人の交友関係を調べ済みである魔王にとって、古い付き合いのように相手の名前を呼ぶなど容易いことだ。

 魔王がボールを蹴り返そうとすると、

「待て、おまえボール蹴って大丈夫なん?」

 ボールを蹴る気マンマンだった魔王は、気を削がれてイラっときた。

 ちっ。

「あ、おまえ今軽く舌打ちしたろ」


 そう。

 早坂――早坂健介(大空碧人と同じクラスの級友)は、思ったことをすぐさま口にする。いわゆる、空気を読めない奴だ。


 事前調査済みではあるが、いざ目の当たりにすると……ウザかった。

「あーいいよ。せっかくおまえの体調を気にしてやったのに。蹴ろよ。思いっきり俺に蹴ろよ!」

 言うや、早坂がダーッと走り、魔王との距離を大きく取った。ぴょんぴょんとその場でジャンプをし、魔王にパスを寄こせと催促する。


 めんどくせー奴。


 周囲のサッカー部員達が漏らす言葉は、早坂の耳には届かない。

 仮に届いても、ある意味で鋼のメンタルを持つ早坂は、魔王へのパス要求を撤回しないだろう。

 ちっ。魔王は再度、舌打ちする。

「あ、おまえまた舌打ちしたろ!」

 こめかみを引くつかせた魔王。その場で2歩後退し、ボールを蹴った。

 通常の高校サッカー部員ならば、ロングキック時には、横回転カーブや、縦回転の山なりのボールを蹴る。早坂を含めた部員達は、魔王がそういうボールを蹴ってくることを想定するものだ。


 だが、魔王は違う。


 ボールを蹴ったのは大空碧人でありながら、大空碧人ではない。

 ボールは、超速のブレ玉無回転で早坂を襲う。

「ちょ、ま」

 早坂がボールを受けようと足をあげる。いやらしそうなとろんとした目つきが、一瞬、キッと吊り上がった。

 ボールが早坂の足で弾かれた。

「あ、っぶねー」

 早坂がその場で地面に尻もちをつく。魔王以外の者は呆けたようにぽかんと口を開けていた。


 信じられないのだ。眼前で起きたことが。

 大空碧人はそこそこサッカーが上手いが、今、目にしたようなボールを蹴れるほどの選手ではない。


 無回転ボールは、大概が空中でブレる。

 プロの試合で稀にあることだが、ゴールキーパーの真正面に蹴られた無回転シュートが、ゴールキーパーを嘲笑うようにゴールネットに吸い込まれる。それは、ボール自体がフェイントするように左右に鋭く揺れ、キャッチングの目測を誤らせるからである。


 魔王は、先ほどのキックが気に入らなかった。

 蹴ったボールに、魔王が思うほどの球威がのらなかった。

 ボールを受ける早坂の足ごとブチ抜く重たいボールを蹴ったつもりだ。

「よこせ」

 近くで棒立ちしていたサッカー部員からボールを奪い取り、足もとに置いた。

「早坂、行くぞ」

 表情ひとつ変えずに魔王が2歩さがる。

 魔王の中で血が騒いでいた。風が吹き、グランドの砂粒が舞う。戦場を思い起こさせた。

 早坂の顔が恐怖の色に染まった。「ちょ、ストップ。碧人、待て」

「吾輩に命令するな」

「吾輩?」

 あたふたした早坂が魔王を思いとどまらせるために走ってくる。

「ほう、近づくか。舐められたものだ」

 戦闘中に接近されることは、すなわち懐に入られることを意味する。その先にあるのは、死。無意識のうちに魔界モードがぐんぐん上昇する魔王。

「ふんっ」

 鋭い鼻息混じりで魔王が左足を振り抜いた。(魔王はレフティ)


 ボールが音速を越えた。


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