34 陽光が魔王の頭上で砕け、光のヴェールを魔王に纏わせた
ふと、300年前の『自称勇者』の襲来を、魔王は思い出した。(魔界に『勇者』を名乗る者が突如として現れるのはよくあることなのだ。ただし、それが自称で終わるか、本物の勇者として語り継がれるかは別モノである)
自称勇者軍は、平原に凸の形で布陣した。いわゆる車がかりの陣である。
それに対して魔王は、軍を凹型に配置する。すなわち鶴翼の陣で応戦した。
どことなく、キボコー対ヤマコーの対決は、この時の合戦に似ていた。
カルロス鈴木が凸の頂点で、一点突破をしかけてくる。あの時の自称勇者軍も、ダントツの攻撃力を有する自称勇者を頂点にし、放たれた鋭い矢のように一気に軍を動かし魔王の首を狙いに来た。
怒涛の勢いで進軍する自称勇者軍を鼻で笑った魔王は、周囲へ檄を飛ばした。
『凸が勝つ場合は、凹の中央に鎮座する大将が、凸の先端に位置する者より弱い場合のみである。さて、皆に問う。今、凹の中央におる吾輩は弱いか?』
魔王はニヤリと笑った。
『どれほど鋭い凸でも、受け止める凹の中央にいる吾輩が受け止めよう。吾輩が受け止めた相手を、凹の両端にいる皆が一気に両サイドから叩くのじゃ!』
うおおおおおおおおおっ!
魔物達の雄叫びが魔界の薄暗い空を揺るがした。大地を震わせた。
結果、自称勇者軍は魔王の前で呆気なく敗れた。
黄色い(イエロー)鎧を着た自称勇者は、首を刎ねられる直前、悔しそうにこう漏らした。
『せめて自分の鎧が赤色ならば、戦隊モノで一番強かったのに……。たとえレッドじゃなくても、青色ならば……』
意味不明なことを言ってんじゃねーよ、と魔王は配下に即刻斬首を命じた。
今まさに、魔王はその時の気概を取り戻していた。
自称勇者に等しいカルロス鈴木を見事に打ち取ってみせよう。
魔王は拳をぐっと握り締める。
3年生のフォワードと交代する際、魔王は肩を軽く叩かれた。
「頼んだ、碧人」
失礼極まりない言葉だ。魔王に『頼んだ』などとは。もしここが魔界ならば、彼は側近によって瞬殺されていただろう。
もしもここが魔界ならば……。以前の、魔王、ならば――。
「はい……せ、先輩……任せ……て、くだ……さ……い」
丁寧語もしくは尊敬語。この国において、後輩が先輩に対して口をきく際の鉄板の言葉づかい。魔王はこの日、この時、初めて意識した。
汗まみれの3年生フォワードがそんな魔王に、ニコっと笑いかける。
「緊張すんなって」
彼は、公式戦に初出場する碧人(魔王)がナーバスになっていると、勘違いをしたようだ。
そうして――祝福のハグをしてくれた。魔王の首もとで言葉が紡がれる。
「俺達はまだ終わりたくない。それを一年のおまえに託すのは心苦しい。でも、」
ハグする腕に力が込められる。
「おまえ達と一緒に、できるだけ長くサッカーをやりてぇ」
「――」
3年生フォワードの肩越しに観客席が見えた。
実力不足でベンチに入れなかった三年生が必死の形相でキボコーの重い必勝旗を振っている。応援チャントを謳っている。
彼らはキボコーの勝利を、3年を、2年を、そして今まさに交代でピッチに立とうとしている1年の碧人(魔王)を、仲間を信じて、声援を送っていた。
ずずずと魔王は涙の塊を鼻で啜った。
「風邪か? 沢山走って、身体あっためてきな!」
先輩に力強く背中を叩かれた魔王は、ピッチに足を踏み入れる。
背中を小突かれたことが無礼などとは、もう微塵にも思っていなかった。
ただ、ただ、――後輩を思いやる先輩への敬意だけが、魔王の心には宿っていた。魔界で後輩的立ち位置になったことがない魔王が知った、先輩の心の温もりだった。
芝の感触を踏みしめ、力強いストライドで、自分がつくべきポジションへ駆けていく魔王。陽光が魔王の頭上で砕け、光のヴェールを魔王に纏わせた。




