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33 吾輩は、〝泣いているのか……?〟

◇ ◇ ◇


 後半もカルロスが躍動した。

 前半に5人抜きやオーバーヘッドキックをぶちかました疲労を感じさせないキレッキレの動きで、キボコーを翻弄する。

 もしもピッチにカルロスがいなければ、両チームともに優劣つけがたい状況だっただろう。


 だがしかし――、カルロス鈴木。

 ぶっちゃけ反則みたいなものだ。サンパウロFC・育成部門でバチバチに鍛えられた(という噂の)若者が、県大会の予選リーグに出場しているのだから。


 ピッチを埋めるキボコー選手達の嘆きは嵩ますばかり。

 球競り合いの末のルーズボールに、部多谷が体重を無力化させる『俊敏なデブ』走りで対応するも、次の瞬間、

「ほげえっ」

 部多谷(0.1トンオーバー)の身体が吹っ飛ばされた。

 カルロスだ。

 肩で強烈なタックルを部多谷に見舞わせ、ボールを刈り取る。いや、屠畜する。

 強靭な体躯×テクニック×スピード×バネ×ブラジル×……掛けるものがあり過ぎた。


 さすがの美神も、「まいったわね」と、ヘッドスパを受けてさっぱりした艶髪を手ぐしでとかす。

 後半は失点こそないものの、攻め手を欠き、じりじりと時間が過ぎていた。

 爪を噛んで眼前の光景を睨みつける魔王。


 正直な話、魔王にとってサッカーは遊びだ。何故ならば、負けても命を取られない。

 魔界では、勝負の一つ一つ、すべてに命がかかっていた。

 負け、即、死。

 生き残りたいのならば、勝て。

 死を目前にして泣き叫ぶ者、悟りきって無口になる者、気が触れたのか笑いだす者、魔王は様々な最期を見てきた。


 そんな魔王にとって、眼前で繰り広げられているサッカーは、いくら球際でバチバチと身体をぶつけ合うことがあっても、所詮はヒューマンの健康運動にしか思えない。

 何がそんなに苦しいのか? そんなこともできないのか?

 ヒューマンの運動能力はまったくもって……冷めた感情しか持てなかった魔王、だったはず、なのだが――……魔王は膝の上で拳を握りしめていた。


 もう爪を噛んでいない。噛んでいるのは、己が感じる悔しさだ。

 キボコーが、このままでは敗退する。3年が引退する。

 魔王の脳裏に、初めて会った時のキャプテン藤堂の笑顔が浮かんだ。

 練習帰りのコンビニで、汗をふきふき楽しそうに語り合う部多谷達(部多谷は肉まんを両手に持ってほうばっていた)。

 シュート練習後に、皆で一緒に飲んだア○エリアスのさわやかさ。

 紅白戦でゴールを決めた選手の綻んだ顔。ヒューマンのくせに限界を越えて走ったからか足がつった選手。それを必死に介抱する選手。怪我をして悔し涙を流す選手。


「あ……れ……?」

 ずずっと魔王は鼻を啜った。

(何だ、この感情は……?)

 目の奥に得体のしれないものがきゅううと押し迫ってくる。思わず魔王は瞬いた。

 水滴が、じゅわっと瞼から溢れ、それは魔王の頬を伝わり、顎先から落ちた。


「え……!?」

 己に生じた生理現象が信じられなかった。

 地面に落ちた涙の痕跡を見つめる魔王。跡は暑気によってあっという間に消えていく。

 だが、確かにそこに落ちた。

 ずずず、と鼻をまた啜る。じゅわっ。溢れ、零れ、伝い、――落ちる。


 吾輩は、〝泣いているのか……?〟


 あるまじきことだ。

 泣くならば、怒れ! 泣くならば、謀れ! 泣くならば、相手を叩きのめせ!

 恐怖を与えろ! 民に戦慄を抱かせることこそが魔界の安定に繋がる。

 先代大魔王の言葉が、魔王を叱咤するように次々と脳裏に浮かぶ。

 泣く者は、弱い!

(吾輩は、……弱いのか……?)


「碧人」

 声をかけられていることに、束の間、気づかなかった。

 遅れて、大空碧人であることを自覚した魔王は、そのハスキーヴォイスの主に顔を向ける。涙を拭うことも忘れて。


「行ってきなさい」

 ピッチに視線をやったまま、美神が指示を出した。

 無礼だ。話しかける時はちゃんと相手の目を見て喋れ。日本人の心を会得した魔王にとって、美神の態度は万死に値する。

 だが――、今の魔王にはそれがありがたかった。泣き顔を見られないで済む。


「ピッチで暴れてきなさい。そして、勝て」

 美神が試合で出した初めての(かなりおおざっぱだけど)指示だ。ムクムクとやる気が満ちてきた。彼女の言葉に運命を感じる。

 ちょっとだけ、魔王は美神に向けて頭を下げた。


 濃い緑の匂い。踏みつけられても茂る逞しいピッチの芝が、魔王を迎え入れる。

 交代ゾーンへと移動する魔王の背に向けて、美神が穏やかに微笑んだ。


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