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3 学校復帰と通学電車 ぷに


 大空碧人が学校生活に復帰する日が来た。

 つまりは、(碧人に転生した)魔王の高校デビューだ。


 登校初日の朝。ダイニングルーム。

「ああああ。良かった。またこの日を迎えられるなんて。ママもう……」

 碧人の母親であるロリ顔の花子が泣き崩れた。ボリュームのあるバストが服ごしにたぷんと揺れる。

 息子の前で鼻水を垂らし咽る姿は、魔王から見ると醜い以外の何ものでもない。

「花ちん、泣かないで。パパちんも悲しくなっちゃう。いや、この場合は嬉し泣きだから、ハッピーなのか」

 妻を花ちん、自身をパパちんと呼称する碧人の父親・髪型オールバックの太郎がギュッと花子を抱きしめた。ついでにそっと花子の胸に手をもっていく。花子がバチンとその手を払った。

 朝陽がきらきらと両親を照らす。


「吾輩、もう行くぞ」

 魔王は両親を押しやって、玄関へ向かう。

「碧ちーん。おまえもパパちんの腕の中に入りなさい」

 涙でぐしゃぐしゃの顔を魔王に向ける太郎。腕を開き、一緒に泣いて今日を祝おうぜ、と誘っていた。

「嫌だ」

「あああああ。わたしの碧ちゃんが変わっちゃったああああ。反抗期なの? それとも事故の後遺症なの? 吾輩とか言っちゃってるし」


 とり乱す花子を一瞥する魔王。ウザくてしょうがない。ヒューマンの両親とはこれほどまでに子に過保護なのか。

 魔王は、生まれついての魔王である。

 父の大魔王に優しくされたことなどない。魔道を極めるために毎日が地獄のような日々だった。

 血を血で洗う先にあるものが、魔王としての玉座だ。最強最恐たる力なくして、魔界に君臨することなどできない。


 魔王は、ある日ようやく父・大魔王を殺戮した。千年前のことだ。

 魔界では、魔王という存在はオンリーワン。ダブルキャストはありえない。だから殺してその座を継ぐ。

 古より受け継がれし魔界の掟である。

 全権を握った魔王は、恐怖政治によって魔界に秩序をもたらした。

 なお、母の妃は、魔王が生まれた直後に、用済みとして殺されたと聞く。母の温もりはおろかその容貌さえ、魔王は知らない。


 靴を履き、自宅である戸建ての玄関ドアを閉めた魔王。

 ふうう、と大きく息を吐いた。――気配。振り返る。玄関ドアが開く素振りはない。

 歩きだすと、強い視線を感じた。

 玄関アプローチを見渡せるリビングルームの掃き出し窓に、太郎と花子がびとりと顔を貼りつかせていた。

 窓ガラスが両親の呼気で曇っている。口をパクパクさせている。碧人ぉおお、碧ちん!などと口にしているのだろう。

 ほっておくと両親は学校のみならず教室まで着いてきそうだ。

 あらかじめ「家の外まで見送りに来たら、また車に飛び込んでやる」と魔王は両親に釘をさしておいた。


 そう。


 大空碧人は、ダンプに飛び込んで自殺を図った、という。

 いったい何故、碧人はそうしたのか……碧人の身体に転生した魔王をもってしても、その真相を掴むことは難しかった。脳が事故をフラッシュバックするせいか、思い出そうとすると、途端に思考がシャットダウンする。


 ネットや新聞、本で調べたところによると、十代のヒューマンは繊細らしい。

 ルッキズム。恋愛、失恋。スクールカーストやいじめ。

 受験の波に呑まれ、部活や課外活動、バイト。親、友人、恋人との人間関係で悩む。

「くだらん」

 魔王は吐き捨てて駅へと向かう。

 欲しいもの、欲しい地位があるのならば、力づくで奪う。

 魔界では当たり前だ。

 繊細でいられるほど魔界は甘くない。仮に寝首を掻かれても、ワキが甘いと嘲笑われるだけ。涙を流すものはいない。


 それだけに――、

 魔王はこの世界における学校というものに興味を持った。自殺したいと思わせるほどのものが学校にはあるのか。ならば、それはどんな地獄か。魔界を凌ぐものか。

 魔王は拳を握りしめる。機は熟した。

 体は回復した。ヒューマン・碧人としての能力値を最大値まで高められる。

 興味シンシンに魔王は、地元の駅から満員電車に乗り込んだ。


 むぎゅう。


 事前に知識を得てはいた。それでも、ヒューマンですし詰め状態の通勤・通学電車は想像以上だった。最悪だ。

 身体に接触されることのない日常を送ってきた。

 近づかれることは、暗殺の機会を提供するに等しい。命令しない限り誰かが魔王のもとに来るなどありえなかった。


 それが今は……むぎゅう、だ。


 豚小屋の方がまだましだ。鶏舎でもここまで密集が酷くない。

 魔王はちっと舌打ちする。

 カクンと電車が揺れ、頭髪の薄い中年男性が魔王にもたれかかってきた。同時に、斜め前に立っていた女性にヒールで踏まれる。

「ごめんね」

 中年男性はねっとりした口調で魔王に謝ったが、足の甲を踏みつけた女性は何も言わずにシレっとしたままだ。

 車内のヒューマン全員を消し去ってくれようか。

 消滅呪文を唱えようとする魔王は手をかざ……せなかった。手を挙げる隙間さえない


 ちっ。

 

 電車出入口の上部に表示された路線図を魔王は睨む。あと三駅。

 現実逃避を始めた魔王は、ふと思い至った。

〝碧人は満員電車が嫌で自殺をはかったのではないだろうか〟

 ――と、

 また電車がカクンと揺れる。


 ぷに。


 柔らかい感触があった。即座に魔王の股間に宿る熱。

 ……。満員電車は死ぬほど嫌なものではないな。魔王はそう結論づけた。


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