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21 サル野郎ども全員、××××厳禁ね


 なりをひそめて2人の勝負の行方を見守る部員達。

 沈黙を最初に破ったのは魔王だった。

 右足を前にした半身の姿勢を、もっと半身、すなわちほぼ横向きにする。


 魔王は挑発している――左側しかスペースがないぜ、来いよ、と。

 これをサッカー用語で『右を切る』と言う。右側の進路を完全に遮断するポジショニングだ。右に体重をかけているため、左側が手薄となる。あえてその左側へと、魔王は美神を誘導していた。


「小癪な」

 美神が地面を蹴る。腰を落とした低い姿勢のまま、魔王の左側の懐に飛び込んだ。

 魔王と美神の姿が、巻き上がる土煙で隠れる。部員達は2人を見失った。

 2人の尋常ではないスピードをヒューマンの肉眼で追うことは無理だった。


 瞬きするほどの刹那、美神がフェイントをしかけた。残像さえも置いてきぼりにする速さで、彼女はボールを右へ弾く。

「ちいいいいいっ!」

 魔王は身体をぶつけるようにして美神の進行を遮断する。


 しかし、美神はエラシコで、右へ弾いたボールをすぐさま左へと弾き返した。ボールが彼女の足に吸いついている。

 エラシコ――2000年代を代表する伝説のフットボーラー、サッカーの魔術師とも褒めたたえられたブラジル出身のサッカー選手が得意とする技。それをいとも容易く披露する美神。

 ボールが魔王の股下をくぐり抜けていく――

「だあああああっ!」

 美神が異次元のプレーをするならば、魔王もまた別次元のプレーで対応するまで。相手の槍攻撃をかわすようにひらりと身体を反転させた。

 魔王の股下を通り抜けたかに思えたボールを、魔王はターンの勢いのまま足で叩いた。

 この間、僅かに0.1秒。瞬息の駆け引きだった。


 土煙が薄まり、部員達の瞳に映ったのは、魔王によって蹴り出されたボールが転がっていくさまだった。どおおお、とグランド内が沸く。

「何!? 今、どーなって、あーなったんだよ?」「何が起きたん!」「マジ? 碧人が防いだの?」


 美神が苦笑した。魔王と目が合う。

「やられたわ」

 でも、その目は笑っていない。

 ふと、危うい感覚に襲われた。一瞬、自分の思考が己の身の内から引き離された感じがした。慌てて彼女から目を逸らす魔王。


 美神が舌打ちをする。

 全身から汗が吹き出す魔王。

「碧人が攻める番ね」

 ペナルティエリアの線まで下がった美神がくるりと振り返った。長い髪がふわっと弧を描く。

 美神のジト目が真っすぐに魔王を射貫いた。恐怖以上の残酷さが、美神の視線ごしに伝わってくる。

 ポキッ

「へ?」

「あら」

 この場には似つかわしくない間抜けで乾いた音。


 美神がふいとしゃがんだ。彼女の両太ももの隙間にできる魅惑の三角地帯。

 美神が腰を上げる。パンツ見たさににじり寄ろうとしていた部員達からはため息が漏れた。

「ヒールが折れたわ」

 美神の手には、ピンヒールの折れた赤いパンプスがあった。

「残念ね」

 言葉のわりに美神はこれっぽっちも惜しそうにしていない。

「高いんですか?」

「安いわよ。4万ちょっとだもの」

 部員達がいる方からざわざわとした空気が流れてくる。高くね? え、4万! と。

 魔王は、この世界に転生してから昨日までの間に、暗号通貨で30億ほどを荒稼ぎしたため、金銭感覚は部員達よりも美神に近い。

 来月は、その資金の一部を美容整形にあてようと考えている。目の下にあるほくろが気に入らない。あと、他人には言えないが、十円ハゲが碧人の側頭部にはあった。今はうまく髪を被せて隠しているが、できることならば植毛したい。


 ふふっと美神が意味ありげな仕草で笑った。

 魔王は、……逆に、警戒を高めた。つ、とこめかみを一筋の汗が伝う。

「残念ね」

 時間をリープしたように美神が同じセリフを口にする。


「……」

 魔王は気付いていた。繰り返される言葉の合間に、美神の双眸が赤く染まった瞬間があった。

「……残念ですね」

 魔王の返答に、美神は満足気に口角を上げる。そして、言い放った。

「勝負はお預けね。それと、豚……じゃなくてサル野郎ども全員、××××厳禁ね」

(――……うきぃーーっ!)

 部員達に悲痛の沈黙が降りた。


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