20 態度がなってないわね
「だらしないわね。次っ、2年来なさい!」
美神の胸に欲情視線を向けていた部員達が、催眠から解けたようにハッとした。
「あの、次はわたしの攻撃ではないのでしょうか?」
『ジェントル・ソフト・クラッシャー』に異名が変わったキャプテン藤堂が、恐る恐る進言する。
「ああ、言い忘れてたわね、ルール。わたしを止めた者だけが攻撃ターンを迎えられるのよ」
後出しルールを平然と口にする美神。彼女は既に、ボールを足もとに置いていた。攻める気マンマンである。
(……)
かさかさと落ち葉が風に吹かれ、部員達が群れている方へと流されてきた。
その後訪れる束の間の静けさ。
ぐしゃ、と落ち葉を踏み潰す者が現れた。
「じゃあ、ボクの番ぶひー。今夜はママンと『やにわにステーキ ―素敵なあなたと アイ ミート ユ~―』食べ放題に行く予定だから、さっさと勝って、さっさと帰るぶひー」
部多谷留吉である。
タッパが180センチあり、体重100キロを超える彼こそが、2年を代表するサッカー巧者・守備的MFだ。
いわゆる動けるデブ。又は、機敏なデブ。肩まで伸ばした髪が鬱陶しい。
「さーて、つっかまえちゃうぞー」
部多谷は肉好き&アニメオタクだ。筋金入りの。
彼の言葉づかいは今沼っているアニメの影響をもろに受けている。ただし、鼻息荒く語尾がぶひーになるのは、アニメとはあまり関係ない。
2カ月前に放送開始となった【おにぃちゃんこっちだよ】という美少女系妹アニメが静かなるブームを起こしていた。色々なタイプのロリッ娘が鬼畜野郎に追いかけられる、終盤ではオイシイ場面が……と、思わせての大どんでん返し。
部多谷はその鬼畜役の言葉づかいを既にマスターしていた。
部員たちはここにきてようやく笑みを漏らした。どこか卑猥な嗤い。ロリッ娘を追いつめる鬼畜野郎が全員に乗りうつっている。
「――っふ」
美神は失笑した。
「2年ってホントに見込みが無い学年ね。来年ヤバすぎじゃない。高校総体のグループリーグで敗退したらムチ打ちどころじゃすまわないから」
「ボクが2年代表だからそう思うのかにー? ぶひー、それはちょっとひどいっちょー」
限りなく残念な言葉づかいの部多谷は怒っている。
「やれ! 転ばせちまえ!」
低評価を下された2年のうち、誰かが怒りを抑えきれなかったようだ。
くだらなさに、このイベントからの離脱を決めた魔王。グランドから去ろうと――、事が起きた。
ぞくぞくぞく。魔王の肌が粟立つ。とてつもない殺気を感じた。
美神と部多谷の方を振り返る魔王。
最近また太ったため練習着がムチムチぱっつんぱっつんになっている部多谷が、巨大な壁となって美神の進路を塞ぐ。2年生を代表するに相応しいサッカー選手の迫力を醸しだしていた。
しかし、魔王がキャッチした殺気は部多谷からではない。
ケタ違いだ。
殺戮現場をくぐり抜けた猛者だけが感じとれる、理解できる、察知できる敵意。それが美神からムンムンと溢れ出ていた。
部員達はそれに気付いていない。むしろムンムンは色気として彼らには伝わっていた。
情勢が動く――。
「へぶうっ!」
部多谷がよだれと胃液をまき散らしながら、後方へ吹っ飛んだ。
ゴールキーパーが一歩も動けずに、ボールがネットに突き刺さる。
ぽかんと口を開けているキーパーは、理解が追いついていないようだ。己が守るゴール内にぽとりと落ちたボールと、前方でひっくり返っている部多谷、そして美神に視線を流し、ようやく驚愕の表情を浮かべた。
しんと静まり返った部員達。
「小賢しいテクニックなんて要らないの」
汚らわしいものを目にしたような口調で、美神が吐き捨てた。
「相手がでかくてシュートコースが塞がれているなら、どかせばいいだけ」
美神がやったこと。ただ、シュートを打っただけ。その場で。フェイントもなにもしていない。
部多谷が邪魔だから、部多谷ごと吹き飛ばす殺人的なシュートを放った。
ただそれだけだ。
普通ならばボールが人に当たると、弾かれる。
が、美神が蹴ったボールは部多谷の腹を抉り、彼を後方へとなぎ倒した。それでもボールの勢いは削がれずに、ゴールネットまで到達した。
(美神……何者だ?)
ぶぴーぶぴー。脳内警報が鳴りやまない魔王は美神に向けて透視を試みる。
(――つ!?)
何かが浮かびかけるも、透視が強制終了した。
美神も透視するような目を魔王にくれていた。
嫌な予感を抱いた魔王は慌てて視線を外し、美神から距離を取る。
にたあ。美神が口元を綻ばせた。
「あなた、何者なの?」
美神が、最後の勝負に使うボールを足もとに置いた。
臨戦態勢をとった魔王が軽く膝を曲げる。
「大空碧人」
くすっと笑んだ美神もまた、腰を軽く落とした。早くも、勝負が始まった。
「来いよ」
くいっ。魔王が二本指でカモンのポーズを決めた。
「態度がなってないわね」




