18 わたしと1対1で勝負するのよ
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「おまえマジ無双になったな」
ぜえぜえと荒い息を吐く早坂が、両膝に手を当てた姿勢で魔王を見た。
試合形式でゲームをやっている休憩時間中のこと。
そろそろ19時を迎える。次が今日の練習の最後のゲームだろう。
「身体ぶつけても倒れないし、つか、おまえに触ることもできねーよ」
他の部員も、早坂の言葉に賛同した。
最下層の早坂であったが、サッカー部で彼を無視する気配は表立ってはない。きちんと早坂とコミュニケーションをとってやるところが、サッカー部員達の性格をあらわしていた。
基本的には皆、いい奴なのだ。(それでも一部の輩は、やはり好きな子のパンツを見られたことで、心の中で早坂を敵視してはいるが)
「触りてー」
彼は臆することなく下ネタを機関銃掃射する。どこまでも堅牢なメンタルの持ち主だ。
「もしもおまえがカワイ子ちゃんだったら、絶対止めるな、俺。で、胸触る」
あはははと猥談に花が咲く。
と、だらしなく目を垂れさせていた早坂の表情がぴりりと締まった。部員達に緊張が走る。
でーろん。でーろん。
緊急地震速報のような恐怖を煽る効果音。それが流れた錯覚を抱く。
校舎とグランドの中間地点にある体育館側から、外灯を仄かに浴びた美神監督代理が現れた。
終了10分前に現れて、1日の指導料金を請求できるのだから、ぼったくりもいいところだ。
彼女は今日も露出の多い服装で、光の加減か、昨日よりもスカートがタイトに見えた。
「ああ、いいケツしてんな」
まだ距離があることに油断して、早坂が零す。
しかし――、
「早坂、グランド10周。リフティングしながら。落としたらまた最初からやり直し。10周できなかったら今夜の××××禁止」
超地獄耳の美神はさらりと命令した。
早坂の顔が青白くなる。すぐさまランニング・リフティングに取り掛かった。残り時間は9分と少々。
「で、どうなの、小汚い豚野郎ども?」
部員達の前で腕を抱くポーズをした美神が訊ねる。
「本日も強度のある練習ができました!」
汗を肩で拭うキャプテン藤堂が進言した。額に浮かぶ汗はサッカーによるものではなく、冷や汗だ。
「強度ね」
美神がため息を吐く。漏れる息が空気をピンク色に染めるような艶っぽさが、ふわーんと辺りに立ち込める。
「あーっ」
明らかにその空間の圏外にいる早坂が、ボールを蹴り損じた。彼の上体が前方向に傾いている。
「じゃあ、ちょっと試してみて」
……へ?
誰しもが疑問符を浮かべた。
「あの……、どのように」
キャプテン藤堂が皆を代表する。
美神が上着をするりと脱いだ。
「わたしと1対1で勝負するのよ」
胸が強調されるよう特注加工されたⅤネック白シャツ姿の美神が、何でもないことのように提案する。
ごごごごっくり。
若者達の唾を飲む音。異様な静けさと期待と興奮を物語る。
「3年、2年、1年のそれぞれ1番強い選手が相手をしなさい」
美神が述べる『強い』は、文字どおり身体の強さやガタイの良さ、それに、技術の上手さやスピードの速さ、寄せの鋭さも含まれる。
要は、各学年でサッカーが1番上手い奴が来いよ、だ。
1対1は、攻め手と守り手に別れて対戦する。この場合、ゴールを守るゴールキーパーは数に含めない。攻め手はディフェンスをする守り手をかわしたうえで、ゴールキーパーが守るゴールにシュートを叩きこむ。
それを攻守交替、お互いにオフェンスとディフェンスを交互にする。
「あの……美神監督代理」
おそるおそる2年生が言葉を挟んだ。
「なに?」
水を差された気分なのか、美神は威圧するような氷の眼差しで見返す。
「その……監督代理は、……さ、さ、サッカーを、で、で、ででできますのでしょうか?」
どもりまくって、びくびく顔をゆがめた2年生が尋ねる。
その疑問は部員達の総意である。
何故ならば、美神がサッカーをするところを、いまだかつて誰も見たことがない。
彼女がここへ来る前に何をしていたのか。サッカー歴はどれくらいか。そもそもどういった人物なのか。
前監督の磯野は何一つ説明しないままぽっくりとあの世へ旅立った。
練習はいつも遅刻した挙句、部員達へムチを振るう。
試合中はただベンチに座っているだけ。いない時間帯もある。アップの指示も、戦略説明もない。
ただそれだけなのに、「監督代理」が当然と思われるオーラを纏いながら美神はサッカー部の監督代理の席に堂々と座っている。そして、何故か結果がついてきている。
「あたりまえじゃない」
美神は答えるのも煩わしそうに口先を尖らせた。肩にかかった髪を手で払う。その仕草さえもが美しく、色っぽい。
「じゃあ、3年から順番に行こうかしら。わたしが最初攻撃ね」
美神がピンヒール・スカート姿でボールを蹴り上げた。部員達が息を飲んだ。
たくしあがると思ったタイトスカートは、ぴったりと彼女の太ももに貼りついていた。
期待に胸を膨らませていた男子の想いが瞬時に萎んだ。
しかし、魔王だけは違った。いや、見た。
常人では見切れぬ素早さで、美神はたくし上がったスカートを戻したのだ。
魔王は冷や汗をかく――美神は、かなりの使い手、猛者だ。
蹴りあげられていたボールが落ちてくる。
美神はピンヒールを履いたまま、足の甲で柔らかいトラップをし、ボールを足もとに置いた。
「な、あれ……トラップ……ハンパないんだけど」
ぴたりとボールを止めるクッション性の高いトラップ。単にサッカーが上手いどころではなしえない技術だ。
それだけで充分だった。
美神が一級品のサッカープレーヤーであることを証明するには。




