17 パンツ事件
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移動教室前の、誰もいなくなったクラスで、魔王はちょっとばかり感慨に浸っていた。
座ったまま机に足を投げ出し、両腕を後頭部にやる。
授業はクソみたいなレベルだ。魔王は教師よりも詳しい内容を習得済みのため、聴講していても退屈この上ない。
学校特有のことを1つ挙げれば、スクールカーストに魔王は興味を引かれていた。魔界の世相に似ているからだ。
校内で上流層に位置する者は華やかで、クラスの雰囲気をリードしている。彼らは上流層に居続けることに意義を見いだし、上流層同士の男女で交際し、自ら層を下ることはない。
その下にいる大半の生徒・ミドルクラスの層は、情勢が不安定だ。上流層に昇格することもあれば、失敗し、下層へと転落する場合もある。
転落例が、早坂である。
彼はある事件を機に最下層へと墜下した。校内では『パンツ事件』として生徒の記憶に刻まれている。
早坂はエロい。
『パンツ事件』は、早坂が階段裏から女子生徒のパンツを覗いていたことが発覚し、糾弾された出来事だ。
キボコーは少子化時代にあっても、入学希望者が増加の一途をたどっている。
進学率の高さ、学則のない自由で規律の取れた環境、部活動実績。
これらが相まって、評判がすこぶる高く、キボコーの名は県域を越えたブランドになっていた。
キボコーを1代で築いた校長・村田山はさらなる生徒数の増加を計画し(生徒数の増加が更なる富を村田山にもたらす)、現在、キボコーは新校舎を増築している。
その際に、実績の乏しい芸術系の教室(音楽室や工作室)が仮設のプレハブ校舎へと追いやられた。
事件は、プレハブ二階に設けられた教室へと繋がる鉄骨階段で起きた。
階段の裏(真下)から上を見上げると、すかすかの鉄骨階段は、スカートの中を覗ける。そこに、早坂が誰よりも早く目をつけた。
スケベーアンテナを常時張り巡らせている彼は、キボコー受験前から(すなわち新校舎の増築計画が立ち上がった時点から)狙っていた。
しかし、呆気なく御用となった。
彼は女子生徒からだけでなく、好きな子のパンツを覗かれたことに義憤を感じた男子生徒からも厳しい目を向けられ、スクールカーストの底辺へと蹴り落された。
(逞しいエロさを有する早坂は、それでも、また別の行動を計画しているとも噂されている)
話が逸れたが、その最下層。それは魔王がもっとも興味を持った者達だ。
傍から見れば可哀そうな者。上流層からは見下され、ミドルクラスからは接触を避けられている。青年期の一番の憧れとも言える美少女との交際も壊滅的だ。(美少女は上流層にいるため、彼女らは彼らを歯牙にもかけない)
それなのに――。
オタクがメインを占める彼ら自身に、悲壮感を抱いているフシはなかった。
むしろ最下層の生徒同士で強い結びつきを保っている。共通のオタネタで楽しそうに盛り上がり、他の階層とは決して交わることのない堅固なネットワークを築いていた。
そう。
彼らは楽しそうだ。ミドルクラスの誰よりも、そして上流層の者達をも凌駕する充実の学校生活を送っていた。これより下に落ちることのない彼らは、明らかに彼らのライフワークを謳歌している。転落に怯えるリア充よりも、それは歴然たる事実だ。
魔王は思い返す。魔界での最下層、それは狩られる立場であったヒューマン達だ。支配されるべき低能魔物達だ。
いつも貧しく、苦痛に喘いでいた。決して覆るの事のない絶対的な支配体制の下、いつ果てるとも知れぬ生命を細々と繋ぐ。不幸な身の上の代表的存在――それが、魔王が治めし魔界での最下層民だった。
「……」
この時、魔王は罪悪感のようなものに苛まれた、気がした。
すぐに首を激しく真横に振る。
吾輩は何を思ったのだ。平和ボケしているこのヒューマン主導の世界に毒されたに違いない。
魔王は人知れず拳をギュッと握る。
この世界を魔界に創り直す必要がある。
吾輩が転生した理由はきっとそのためだ。そうやって魔王は都合の良い推測を組み立てていく――。




