15 処女魔王『ザキラスティア』
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美神は自宅で座禅を組んでいた。巷で人気沸騰中のキャラ・タマにゃんのパジャマ姿(ピンク色)である。
就寝前の日課・瞑想をしている。
1日に1度、頭の中を無にする。そうすることで心身が生まれ変わった感覚を得、翌日、よりエネルギッシュにムチをふるうことができる。
この世界にヒューマンとして転生してから欠かすことのない習慣だった。
そもそも瞑想は、美神がもといた世界にはなかった考え方だ。
特に死ぬ直前の日々は、心を休ませる暇などなかった。
落ち着ける時間があれば、いかに自分の身を安全圏へと移すか。そればかりを考え、実行した。
今日も生き残れた。僅かばかりの睡眠時間をとる前に、そう実感できることが何よりの幸せだった。
しかし、――死んだ。
裏切りに遭い居場所を密告されたのだと思う。
でなければ、魔霧と毒気の濃い魔王谷の奥深く、日々転々と寝床を変えていた居場所をピンポイントで狙われるなんて……ありえなかった。
美神が転生前に生きていた魔界に勇者が現れてから、あっという間の出来事だった。
処女魔王『ザキラスティア』と呼ばれていた彼女も、伝説の勇者に係わる古い言い伝えは知っていた。いつか、彼女が支配する魔界に降臨することも薄々感づいていた。
でも、でも……。
まさか自分の御代に勇者が現れるなんて、何と言うめぐり合わせ、アンラッキーさ。
魔界の最下層で日々喘ぐように生きていたヒューマン達は、勇者の誕生に沸いた。
すぐに彼は救世主とあがめられるようになった。
仁徳を備え、天上を統べる。噂が瞬く間に広がり、次々と彼女の配下が寝返っていく。
魔王城で腰を落ち着けることすらできなくなった。城にしかけられたトラップ情報が、勇者方への内通者によって筒抜けになっていた。
勇者とは、それだけの徳を備えた者なのか。
美神としては、配下に対してはもちろんのこと、愚民と称されるヒューマンたちに対してもそれなりの配慮をして魔界を運営していたつもりであった。
従順なるシモベ(ムチをふるいはしたが)たちの忠誠心に、嘘や偽りを感じただろうか。
……否。
でも、それが自分の見込み違いであったか。
そうして迎えた、処女魔王『ザキラスティア』としての彼女の最期。
美神の前に現れたのは、サファイアブルーに輝く鎧兜を着た男だった。
よく謂われるように、戦士や僧侶などを加えたパーティーを組んでいない。単独だ。
黄金色に輝くエクスカリバーでバッサリやられた。
今思うと、不意打ちに近いものだった。勇者ともあろう者がどうしてこんな手を、と感じた一瞬があった。
せめて、あの伝説が自分にあてはまっていれば……。
〝処女魔王と魔王とが結ばれし時、偉大なるチカラが生まれる〟
一応、処女を守りとおしてはいたのだが……。そもそも結ばれるは、アレじゃなくても、キスでもいいなんて説もあるが。そこは女ごころ。一応は純潔のままで、ドラマチックにいきたかった。
根気よく調査をしていればこんなことにはならなかったのだろうか。
命が尽きる直前、勇者が、けけけと魔物以上に邪悪な笑い声を漏らした。
背すじが凍るほどの冷酷さ。勇者とはこのような存在なのか? 神よ、もし存在するのならば、何故、眼前の勇者は勇者たり得るのか……説明が欲しかった。
「やっぱどこの世界も金なんだよ。金貨握らせたらどいつもこいつも、まあいい、まずは一人目の魔王狩り。ミッション・コンプリート。けけけ」
……一人目?
勇者の言葉に引っかかりを感じた直後、女魔王『ザキラスティア』に闇が落ちた――。
美神は目を見開いた。
今日は頭の中で雑念がふつふつと生じる。瞑想に集中できなかった。
その原因は、大空碧人だ。
入院前の碧人を直接は見ていないが、それでも人格などに関わる十分な情報を美神は仕入れていた。それらと突き合わせても、碧人は、以前の碧人とは違う、そう直感が働いた。
自分に似ている、とさえ感じた。
事前情報で知り得た情報では、彼は小賢しいしみったれた性格の持ち主だ。屁理屈ばかりを言い、いつも周囲を小馬鹿にする、悪事を他人におしつけ逃げる、小悪党とも称される碧人。
それが――異様な目ヂカラを、今日の碧人は美神に伝えていた。
ヒューマンに転生したとはいえ、元・女魔王『ザキラスティア』にガンをとばすなんて……。
そんなことができるのは、おそらくは伝説の魔王『ミスティゾーマ』だけだ。次元違いのパラレル魔界を統べる絶対的魔王。知力・魔力・腕力すべてが異次元レベルと聞く。
くくっ。
いつしか笑っていることに、そして、恋に落ちていることに、美神は鈍感だった。処女魔王は色恋沙汰に鈍感かつ弱い。ひょっとすると、これが彼女の唯一にして最大の弱点なのかもしれない。
窓から差し込む月光が彼女の顔を照らした。
頬を染めた表情は処女の乙女そのもの。彼女自身は、まだ、気付いていない。
そして、
〝指どうしを突き合わせる者が危険を炙り出し、長い髪を二つに結んだ者による黄金色の光がチカラを助ける〟
と、古からの言い伝えに続きがあることなんて、恋の前では霞み、記憶の底から浮上することなどなかった。




