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13 この腐れ豚野郎どもがああああっ!

 練習が再開されると、キャプテンの藤堂が「碧人が超人になったから、俺達の目標は全国だ!」なんて言いだした。

 部員達は浮かれ気分でボールを蹴る。キャプテン藤堂の『いざ全国!』発言に気持ちが昂っているのだ。

 汚れた衣服を洗濯しにマミりんがグランドを離れ、オスどもはきゃいきゃいとボールを蹴る。


 ――と、いきなり、空気がピリリとした。

 猥談に花を咲かせて練習していた早坂の表情が一転する。


「キボコー、ファイッ!」

 こめかみに青筋を立てて叫ぶ早坂。ちなみにキボコーは、希望ヶ丘高校の略称である。

「オウッ!」

 勇ましい応答が部員達から返ってくる。先ほどのきゃいきゃいは消し飛んでいた。

 ボールを蹴る音がビシビシと鋭い音に変化していた。


「小汚い豚ども、結構。結構」

 魔王の背後からハスキー声が聞こえた。

 振り返った魔王が視界に収めたのは、黒のタイトスーツに身を包んだ若い女性だ。


「集合!」

 キャプテン藤堂がはきとした声で号令をかける。

 ざざざっと土煙をあげながら一斉に部員達が女性の前に並んだ。皆、背筋を目一杯伸ばしている。

「碧人が帰ってきたのね」

 女性が魔王に話しかけた。どこか慈愛に満ちた顔つき。聖母と呼ばれるメスは、このような眼差しでオスを安心させることを、魔王は学習済みである。

「はい」と魔王は無難に返事をする。少し大きめに声をだした。張り詰めた緊張感からして、このメスは上級士官レベルだと、魔王はいち早く判断した。


 それにしても眼前の女性はヒューマン離れした美しい顔面を持っている。

 肌の露出部分が広く、短いスカートからはナマ足がすらりと伸びている。

 早坂がごくりと唾を飲み込んだ。


 彼女の背中まである黒髪が、さらさらと風でなびいた。

 それを合図にしたように、腕で腕を抱く女教師ポーズを解いた彼女がハンドバックの中から漆黒のムチを取り出した。

(へ?)

 呆気にとられる魔王を除き、その場で部員達が凍りつく。

 ひゅん。女性がしならせたムチが地面を叩く。鋭い弾音。攻撃魔法が大地に着弾した時のような土煙が上がる。

 女性の目つきががらりと変わった。剣呑そのもの。

「この腐れ豚野郎どもがああああっ! 誰が球遊びやれって許可したのぉおおおっ! きゃいきゃいやってんじゃないの!」


 ビシっ。


 再び大地の砂粒が爆ぜた。

 部員達はかしずくように片膝立ちの姿勢を一斉にとった。頭を下げ、顔を俯かせる。

 少し遅れたタイミングで魔王もならった。この上ない屈辱だが、身バレを回避するためにはしかたがない。

「あら碧人……ちょっとたるんでるんじゃない?」

 魔王の足もとすれすれのところにムチが振り下ろされた。

 魔王は平然とした態度を崩さない。対して、早坂がブルブルと震えだした。ブルブルが連鎖し、周囲の部員達も身体を戦慄かせる。


 魔王がゆっくりと顔を上げようとした時、

「申し訳ございません!」

 キャプテン藤堂が従順な言葉づかいで一歩前に進み出る。

 この殺伐とした雰囲気……魔王は好きである。ただし、魔王が配下を従える状況に限った話であるが。自分がやられる立場に回るのは憤懣やるかたない。

「碧人は今日が復帰日です。ぬけたところがある奴ですので、どうか大目に見ていただけると幸甚です!」


 キャプテン藤堂が述べる人物評は大空碧人のものであって、魔王のものではない。

 分かってはいるが、魔王は自分が『ぬけている奴』と評された気がした。思わずハスキーヴォイスをねめつける。

 ぷつぷつっと魔王の腕に鳥肌が立った。魔王は内心で自分の体の反応に驚くも、表情にはおくびにも出さない。


 視線が交わる。

「ほお」

 魔王から目を逸らさずに彼女が嗜虐的に笑った。笑い声もハスキーヴォイスだ。

「碧人」

 一度言葉を切った彼女が、感心したように頷いた。

「肝がすわるようになったじゃない。気に入ったわ……だから、今日はあなたじゃなく藤堂で我慢してあげる」

 更なる緊迫感が生まれた。

 名指しされたキャプテン藤堂は立て膝を震わせ「ありがとうございます!」と裏返った声で絶叫する。

 彼女の足もとまで膝歩きで歩み寄るキャプテン藤堂。正座の姿勢で、両腕を背中で組んだ。上体を屈める。

 直後、ムチがしなった。

「ああっ!」

 キャプテン藤堂が悲痛の声をあげる。

「ああっ、ああっ、……ああっ」


 ムチ打ちされる度に声をあげるキャプテン藤堂。だが、苦悶に歪む顔にじわりと恍惚の色が灯りだした。それは、彼女も同様で、回数を重ねるにつれ「うふふふふ」と笑みが濃くなっていく。


 魔王は唸った。

 ムチ打ちは、魔界では軽めの罰ではあるが、懲罰であることに変わりはない。甘んじて受けるムチに、嬉しそうにもっともっとぉとなることが俄かには信じられなかった。

 明らかに、今、キャプテン藤堂はもっともっとぉ状態だ。


 その後、彼女はなにくわぬ顔でサッカー部の練習を再開させた。

 1年生から3年生をごちゃ混ぜにして2チームをつくり、試合形式で戦う。いわゆる紅白戦。

 ムチ打ちを受けズタボロになったキャプテン藤堂。しかし、キレッキレの動きを見せ、本日の得点王となった。彼女から頭を撫でられていた。

 部員のうち1人がポロリと零す。

「いいなあ。俺も次こそは」


 ……なるほど。魔王は納得した。

 配下を手なずける方法が独創的だ。どうやら『調教』とも言われるらしい。

「毎度釘を刺しておくけど、他言無用よ」

 部員を見渡した彼女は、最後に魔王で視線を止めた。それはコンマ数秒のことなのに、じっくりと反応を観察されたように魔王は感じた。


 グランドから去っていく彼女の背中を見つめながら、魔王は早坂に尋ねる。

「あいつは誰だ?」

「は? おまえ頭打った? 監督代理の美神さんだろ」

「美神……侮れぬ奴よ」


 マミりんが指先をツンツンさせながら一時間に及ぶ洗濯から戻ってくるまでに、魔王は美神についての情報をあらかた収集した。


 美神美玲――メス。独身。25歳。


 大空碧人の入院中に、原因不明の高熱と大量の抜け毛で苦しんだ前監督・磯野波兵衛が、死の直前に招へいした美人サッカーコーチ。(磯野監督の死後、監督代理となった)

 人間離れしたカリスマ性を有し、部員を絶対的な支配下に置いている。

 なお、美神監督代理の就任後、キボコーサッカー部は絶好調で、高校総体グループリーグAで上位に位置している。ムチ打ちについては部員のみの秘匿事項として何故か外部には漏れていない。


 だそうだ。


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