12 オーバーヘッドキック
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グランド脇でスパイクを履き、練習着に着替えた魔王。あらためて部員達を見回した。
シュート練習だ。
2人1組でパスを繋ぎながらゴールに向かい、どちらかがシュートをする。1年生から3年生までの総勢40名弱が同じ練習をしていた。
ゴール隅に突き刺さるシュートを放つ者もいれば、ゴールキーパーの真正面へ打ち損じる者もいる。
魔王は生ぬるさを感じた。
ボールに威力がない。
ちょうど早坂がシュートした。ボスっと間の抜けた音とともに「あーっ」と彼の腑抜けた声が聞こえた。ボールはゴールバーの遥か上をヒョローっとすっ飛んでいく。何人かの部員がゲラゲラと笑った。
弛緩した空気が漂う。
緩みは弱み。軍の士気劣化と敗北に繋がりかねない。
魔界にいた頃、軍の視察をしていた魔王は、たるんだ雰囲気を醸しだしていた魔物達を処刑した。手遅れになる前の見せしめだ。
「もう一回お願いっ。イクまでお願いっ」
なよなよっとした声で早坂が再度のシュートを希望する。誰かが早坂に「さっさとイッちまえ」とグラウンダーの速いパスを蹴った。
ボスッ
「あーっ」
我慢の沸点を超えた魔王は、右手を胸もとの高さまであげていた。幾多の命を奪った炎系打撃呪文を唱え――られなかった。魔力が不足している。指先に、ぽっ、とライターの火みたいなものが灯った程度だ。
ちっ。
魔王は大地を削らん勢いで駆けだした。
「パスっ!」
呆気にとられた表情で魔王のダッシュを見る部員達。しかし、キャプテンの藤堂が反応してくれた。魔王に向けてパスを蹴る。
ぐーんと伸びるボールは足で合わせるには高い軌道を描いていた。頭で合わせるヘディングシュートが常道だろう。それでも、ボールのスピードが速い。合わせること自体が至難のパスだった。
魔王は跳んだ。
魔界ならば『跳ぶ』どころか空を『飛ぶ』ことさえ可能だった。本気の跳躍をすれば、ヒューマンになったとはいえ校舎を一跨ぎぐらいはお手の物だ。
実際、マジ跳び寸前のところで自分がヒューマンに転生していたことを魔王は思い出した。まだ身バレは、したくない。
ゆえに抑えたジャンプを披露する。それでも充分に高い。
魔王はくるりと身体を捻った。
脳裏にはイメージが描かれていた。事前学習の動画や、『キャプツバ』と略されているサッカーマンガで見た動き。
オーバーヘッドキック。
宙で無重力を実演するように、魔王が頭を下、足を上の、逆さまの姿勢でボールをキック。夕陽の残滓が魔王のスパイクを輝かせた。
バスッ、とゴールネットにボールが突き刺さる。
常人ならば背中から地面に落ちるところを、魔王は身体を捻って両足で着地する。猫のようなバランス感覚だ。
部員達が歓声をあげて魔王のもとへ駆けてくる。
「うをおおおおっ! スゲーよおまえ!」
「翼君以外でオーバーヘッドなんて初めて見たよ。あ、おまえも同じ苗字『大空』か」
やんややんやと部員達は騒ぎ、練習中断は20分近くに及んだ。
「入院中に何してたの?」と聞かれるも、魔王は「別に」と顔をプイと背けた。
途中、部室で遭遇したロリ顔栗色髪が、人さし指どうしをツンツンさせながら部員達の輪に加わる。
彼女は碧人が入院中にサッカー部に入ったマネージャーで、名を古手川マミと言うそうだ。
古手川マミ。
魔王よりも3歳上の3年生。すなわち、1年留年している一19歳だ。
魔王はあっという間に彼女に関する情報を部員から集めた。スパイ並みの技能で。
彼女の趣味はお人形遊び。性格は大人しく、主張しない性格。住所は学校から徒歩5分の戸建て住宅で1人暮らし。いつも指どうしをツンツンくっつけ合うのが癖。妖精が見えるとのたまう不思議ちゃん。




