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10 あの……変な姿勢ですよ

 部室のドアを開ける。魔王はぎくりとした。


 狭い四畳半ほどのプレハブである。その隅っこで、白色ブラジャーの肩ひもを露にしたメスが、これから着替えますの途中で固まっていた。


 メスはこの学校の女子生徒のようだ。

 魔王よりも頭3つ分ぐらい低い身長。おそらくは150cmほど。ボブを少し長めにした髪は栗色で、目がクリっとしている。小学生にも見える童顔の持ち主だ。

 しかし、出るところは抜群に出ている。ジャージの上着を抱えるように持って上半身を隠していても、それは分かった。


 はて。大空碧人の交友関係に、このメスはいただろうか。

 事前にインプットした情報をざぁーっと脳裏に浮かべる、……ヒットしない。


「あの……」

 もじもじしているメスが魔王に尋ねた。

「着替えてもいいですか?」

 まだ着ていなかったのか……。


 裸など魔界でさんざんに見つくした魔王だ。メスのこの程度の露出でなんらブツは反応しない。それなのに、どこか気になる雰囲気をこのメスは醸しだしている。

 これがひょっとすると萌え、か。

 萌え。この国の男を虜にする。初めてその言葉を知った時はいまいちピンとこなかったが、なるほどコレか。

 冷静に分析する魔王は、机上の知識が現実の理解に昇華したことが嬉しかった。


 メスがブラのホックをはずした音がした。

 ぷつん。

 艶めかしい音だった。魔界にはないサウンドだ。

 萌えを意識したがゆえに、魔王は動揺した。

 ムクムクを感じた魔王は、上半身を傾けた。メスにお辞儀をするように。


「あの……変な姿勢ですよ」

 消え入りそうな声でメスが魔王に告げる。

 焦った魔王は上体を屈めたまま後ろを向く。

 どこの誰とも知れぬ者へ自分のバックを取らせることに魔王は躊躇しかけるも、背に腹は代えられない。

 この世界で『制服』と名づけられるズボンは生地が薄い。この姿勢を続けることは、誇り高き魔王にとっては屈辱だ。

 魔王は鎮まりの境地へと自身を誘う。


 フアサ、ファ、スス。ぷちっ。……衣擦れの音、ブラのホックを留める音。メスの甘い匂いが強まった。

(――っ!)

 閉ざされた視覚の中で、聴覚と臭覚が鋭敏になった。マンモスが雄たけびをあげかけている。


「何だろう……変な……感じがしちゃいます」

(変な感じ?)

 魔界での夜の生活を思い出した魔王。マンモスが巨大化していく。

 息も絶えだえな口調で、メスが言葉を続けた。

「妖精が……いる……みたい」

 メスが喋る度に、息が耳に吹きかけられるようなこそばゆさ。

 部室でここまでのピンチに見舞われるとは……魔王は全身冷や汗でぐっしょりだ。

 そんな魔王に構うことなく衣擦れの音は続く。とてもゆっくりと、じらすほどに。

 魔王は縋るように眼前のロッカーに目を向けた。上体を折り曲げているため、奇妙な上目遣いでロッカーを睨む。変態の目つきだ。

『大空碧人』

 貼られたテプラが、常闇のダンジョンに灯る松明に思えた。

 ロッカーに飛びついた魔王はスパイクと練習着を手に、最敬礼のお辞儀姿勢をキープしたまま、部室から撤退した。


 部室から出た魔王はそこでようやく背後をふり返った。

 何てことはないプレハブ小屋。窓にはサッカー王国・ブラジル国旗のステッカーが貼られている。

 小屋はしんとしていた。まだあのメスは着替えているのだろうか。もわっとした空想を抱きかける。

(いかんっ!)

 精神力をフル起動させた。あのメスについてはまた後で調べることにして、とにかくこの小屋はキケンだ……転生した健全なる高校生・魔王にとって刺激が強すぎる。

 強い風が吹いた。

 その風に押されながら、魔王はグランドの方へと駆けていく。頭の片隅で沸いたどこかで会ったような記憶がふわりと飛んでいった。


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