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1 魔王『ミスティゾーマ』

今後、話が進むにつれて、往時のノリの下ネタが増えますことをご容赦くださいませ。

『ドン引き上等!』なんて口が裂けても言えません……書けますけど。

 魔王は神経を尖らせた。

 こめかみに汗が伝う。乱雑に、肩で拭った。左右の拳を握りしめる。


 遠く離れた場所では超ド級美少女が血のついた手を組み、擦り傷だらけの両膝をついて祈っていた。童顔で小柄巨乳な少女が左右の人さし指どうしをツンツンさせている。

 肩幅で両足を開き、目を瞑った。集中力を高める。

 周囲で鳴り響く音が真空に吸われたように聞こえなくなる。


 一瞬の無我の境地――。

 

 ゆっくりと瞼を開く。

 十メートルほどの距離をとって眼前に立つ、一人の若者を視界に収めた。がっちり体型の長身。相手にとって不足はない。

 彼の動きを推し量る。

 右か。左か。それとも、真っすぐか。


 直後。

 魔王は右足の踵を浮かせた。ゆっくりと、次第に速く、その身を疾走させる。その迫力に若者がたじろぐ。

 魔王は気を緩めない。キックするための力を、足へと集中させる。

 確実に刺す、刺さなければいけなかった。

 ボールを、ゴールネットに。

 魔王の左足が閃く。


 バスッ


 サッカーボールがゴールネットを揺らした。歓喜の声が生まれる。チームメイトが魔王に向けて駆けてくる。

 魔王は右手を高々と挙げた。初夏の陽ざしが魔王の拳先で砕け、眩く発光する。

 後半アディショナルタイム。ラストプレーで得たペナルティキック(PK)において、魔王がゴールキーパーの逆をつくシュートを決めた。

 一拍の後、試合終了のホイッスル。

 魔王は雄叫びをあげる。

 勝利の咆哮だった。


 と、どうして魔王がサッカーをしているかというと、それは一か月前に遡る――


◇◆◇◆


「魔王『ミスティゾーマ』、おまえ亡き後の世界はボクが治める!」

 サファイアブルーの鎧兜を着た勇者が、凛とした声で宣言した。ゆっくりとタメをつくり、黄金色のエクスカリバーを天に向ける。稲光が曇天を裂いた。勇者の剣先が輝く。

 瀕死状態の魔王の視野は狭窄し霞んでいる。それでも強い光が勇者を包み込んだのが分かった。


 魔王はここ数日の出来事に対して思いを馳せた。

 勇者が魔界の大地に降臨した。名をアオという。

そ の情報を魔王が得たのは、五日前に過ぎない。あっという間だった――勇者が魔王の眼前に現れるまで。


 勇者・アオは、パーティーを組んでいない。単独だ。

 戦士、僧侶、魔法使いなど、いるだけで足手まといなのだろう。

 手下の死報がトントン拍子で届く。それでも、どこかで、たとえば、魔王城に部屋を与えられた魔王三傑のいずれかで報告はストップするものだと思っていた。


 しかし……、


『ケロべロス殿、討ち死にされました!』

『サイクロプス殿の扉が破られた次第っ!』

 ついには、三傑のうち、最強と謳われる――

『タナトスドラゴン様の間も突破され、まもなく勇者が、あっ、あっ……ひぃいいいっ!』


 三傑はことごとく勇者に討たれた。

 そうして今、黒曜色のつやを纏い荘厳にそびえ立っていたはずの魔王城は、勇者に破壊し尽くされ、見る影もないほどの瓦礫の塊と化している。

 例えるなら、地球の現代兵器で完全武装したテロリストの襲撃を思わせるほどの凄惨さを極めている。

 斬殺された魔物たちの血の匂いが風で運ばれてきた。

 ひときわ濃い匂いを放つ血は、まぎれもなく魔王のものだ。

 邪悪なるパワーを結集して縫われた特注の魔王専用黒ローブは、日本で例えるなら創立五〇周年を迎える高校の、視聴覚室の黒カーテンよりも汚れ、血痕はなはだしく、無残に切り刻まれていた。


 もはやこれまで……。

 圧倒的な勇者の攻撃力だ。剣は空を裂き大地を削り、割る。

 それに比べると、魔王の最大攻撃呪文≪ハゲチャウシカナイオン≫は、赤子の打撃レベルだった。

 魔王の左手が紫色に輝く時、目撃者はすべて死に絶え、髪の毛さえ残らない。そう恐れられし呪文だった、勇者が降臨するまでは。


 傷ひとつ負ったことのない魔王であったが、既に過去のこと。

 今は立つのがやっとだ。足もとには、勇者に斬り落とされた髪が束となって散らばっている。


 魔王は奥歯を噛んだ。魔界での出来事が走馬灯のように脳裏を過ぎる。

 前代の大魔王から王権を継ぎ、千年。まさに光陰矢の如し。漆黒に輝く玉座に初めて座った日が、まるで昨日の事のようだ。


 暑いのか、勇者は兜を脱いだ。手先で器用にくるくると回す。余裕のあらわれなのだろう。もしくは、癖か。

 魔王城を燃やす火が爆ぜる。勇者の表情が鮮明になった。

 勇者は、嗜虐的に笑んでいた。目もとのほくろが勇者のくせに禍々しい。

 この場で生き残っているのは勇者と魔王だけ。その魔王の生命もいまや風前の灯火。

 つまりは。

 これからここで起こる出来事は、勇者だけが語ることができる。勝者の物語として。



「おまえにこの世界の半分を与えようか?」



 お決まりのセリフを発したのは、魔王ではない。

 長い前髪の隙間からねっとりした目つきで魔王をねめつけた勇者が、口にした。

 先ほどとはうって変わり、ぞっとするほどざらついた声色だった。雷光を身体中から迸らせながら、勇者が魔王に近づく。

「俺様がてめぇにこの世界の半分をくれてやろうか?」

 本性をあらわす勇者の底意地の悪さが際立っった。ボク→俺様、おまえ→てめぇ、だ。

 片膝立ちの魔王は、遠のく意識の中で、はっきりと勇者がこう口にしたのを聞いた。

「って、やだね。けけけ。何、期待してんだよバカ。あげねーよ。つか、ハゲて死ねや」

 己以上に邪な感情を勇者から感じとった魔王。

 同時にこうも思う。


 勇者がパーティーを組んでいないのは、こんな性格だからじゃね?


 エクスカリバーを振り下ろされる――。

 直後、闇が落ちた。


▽▼▽▼


「ご愁傷様です。あなたはさっき死にましたので」


 ここはどこだ? 眩さで光が溢れている。温かい。

 吾輩は先ほど……。


「えっとぉ、どれかな? ああ、これでいっかな。んん? 時空が歪み裂けるかも? ……知らねーよ。つか、前もこの文章読んだ気がする。『(注)魔王取扱規則第三十二条第二項 転生前の世界と転生後の世界とを結ぶ回路が繋がるおそれがある。特に魔王同士を同じ空間へと転生せし場合は顕著なる効果をもってその…………』あああああ、法律やら規則やらって読みにくいし理解できないし。知ったこっちゃねぇーんだよ。そうなったら、てめーぇでなんとかしろっつーぅの」


 吾輩に気安く話しかけてくるこいつは誰だ? 強い光で視界が遮られているため、その姿や表情を認識できない。

 メスの声、若そうだ。それしか把握できない。

 パラパラと書物を捲る音。

「んー、ま、よし。よし、いいことにしよー。わたしは見なかった。つか、何この忙しさ」

 何がいいのだ? 何が初めてなのだ?

 というよりも、軽い。眼前のメスの言葉づかいはあまりにも軽率だ。嫌悪感が募る。

「はい、じゃ、転生ね。たぶん言語理解できっから安心してねー。なんか問題起きたら自分で解決すること。あーん、次もう来た。忙しい~。ここマジ、ちょーブラック。帰ったら転職情報ぜってーぇ漁ってやる!」


 パタん。

 ぶ厚そうな本が閉じられる音を微かに拾った――。


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