3.呪い
ベティカの財務官たちが王都の別荘で殺されたのは夜明け前だったと見られている。別荘は王都の邸宅街にあった。ベティカ属州庁が所有している公営の別荘である。
近隣――と言っても別荘は広く、隣の屋敷までかなりの距離があったが、そこの住人が、明け方に男の叫ぶ声を聞いていた。しかし声で目を覚ましたものの、最初は夢か何かを見たのだと思い、すぐに再び眠りに落ちてしまったという。そして翌朝になってから事の重大さに思い至り、使いを走らせて憲兵隊に事件を知らせたのであった。憲兵隊が到着したときには、すっかり日が昇っていた。
建物の中に入った憲兵隊は地獄を見ることになった。血と肉片と、そして死体が散らばっていた。剣を抜いて立ち向かい斬られた者、逃げようとして背中から斬られた者、様々であった。
屋敷を捜索したところ、死体の数は二十六で、そのうち五つはベティカの財務官、二十は護衛の死体であった。
そして最後の死体は、長官暗殺犯のアラドであることが密かに確認された。
現場の状況から見て、アラドが屋敷を襲撃し、そして反撃を受けて死んだものと考えられた。
アラドの死体は他の死体よりも傷は少なかったが、そのわずかな傷は不運にも重要な血管を傷つけていた。おそらく、護衛との斬り合いは制したものの、出血によって、その後で死んだのであろう。
もう一つ特質すべき点として、アラドの死体は剣を持っていなかった。ソードベルトを身に着けていたので、もともと剣を持っていたのは確かである。つまり、アラドと一緒に別荘を襲撃した共犯者がいて、その者が持ち去ったと考えられた。アラドが持っていたと言われる呪いの剣ドラグラカンはどこに消えたのか?
という事情がオーデンの口によってデガルに語られた。
いつもの食堂だった。夕方はこれから徐々に客足が増えていく時間だ。今なら注文した料理がすぐに出てくる。しかしデガルは葡萄酒とパンだけを口にしていた。オーデンは気にせずに肉料理やスープを注文している。
オーデンの話が終わる前に、デガルは大きなあくびを噛み殺した。
「おいおい、お疲れか?」
「今朝は少し野暮用があってな」
「お前が朝から勤労とは珍しい。よっぽどの儲け話でもあったのか?」
「さあてな」
オーデンの軽口にも、デガルの返事は冴えない。本当に疲労していた。
「そういえばお前、その剣はどうした? 前のやつは?」
「ああ……」
「また衝動買いか?」
「貰った」
短く答えて、デガルはカップの葡萄酒を呷った。
デガルの剣の柄には、トカゲの意匠が彫られていた。
あのとき――アラドとデガルの二人で、ベティカの財務官たちを始末した後。
出血が止まらず、すっかり血色を失った顔で、最後にアラドは語った。
「剣の呪いなどというものはない……奴らに復讐したのは私の意思だ。剣ではなく」
アラドは、震える手に最後の力を込めて、ドラグラカンをベルトから外して、デガルに渡した。
「貴様が、持て。呪いがあるのか、確かめろ」
それがアラドの最後の言葉だった。
オーデンは得意げに事件捜査のことを話している。
それを聞きながら、デガルは何度もドラグラカンの鞘を撫でた。
自分が親友を斬ったのは、あの剣の呪いのせいではないのか――?
デガルは、親友を斬った夜から、ずっとそう思っていた。というよりも、そう思うことで、自分の汚れた手から目をそらそうとしていた。
今なら分かるが……幼馴染は、あのグラウスは、不正などしていなかった。あの長官と財務官どもが、自分たちの罪を押し付けて、口封じに殺したのだ。
そして実際に手を汚したのはデガルである。
デガルは剣に触れながら、自分の中に、呪いの声のようなものが沸き上がるのを、必死に待っていた。
もしそのようなものがあれば、幼馴染を斬ったのは、自分ではない。剣の声に惑わされて、抗えずに斬ったのだ。だから、幼馴染との斬り合いの中で興奮を覚えたのも、自分の本心ではなかった。
どうした呪いの剣。どうして俺の心を狂わさない。
デガルは、剣の柄を握る手に力を込めた。それがデガルの意思によるものなのか、剣の呪いにそそのかされたのか――その境界は、もはやデガルにとって曖昧になっていた。
なおも一人で喋り続ける友人をじっと見る。