第9話:勘違いのクライマックス!
クリスマス交流会の熱気も最高潮に達し、いよいよクライマックスイベントである全校生徒参加のプレゼント交換会が、体育館で始まろうとしていた。中央には巨大なクリスマスツリーが飾られ、その周りを生徒たちが大きな輪になって囲んでいる。軽快なクリスマスソングが流れ、誰もがどこか浮き足立ち、期待に胸を膨らませている様子だ。
日陰 蓮は、人混みの隅っこで、相変わらず面倒くさそうな顔をしながらも、内心では落ち着かなかった。プレゼント交換など、くだらないと思っていた。用意したプレゼントも、雑貨屋で見つけた、凛が好きなゴールデンレトリバーに似た犬の、少しぼーっとした表情が描かれたマグカップだ。なぜそれを選んだのか、自分でもよく分からない。ただ、なんとなく、彼女が喜びそうな気がした、それだけだ。誰に当たってもどうでもいい…はずだった。だが、もし、万が一、このマグカップが白峰凛の手に渡ったら? 彼女はどんな顔をするだろうか? あるいは、凛からのプレゼントが自分に回ってきたら…? そう考えると、妙に心臓が騒ぎ、手のひらに汗が滲むのを感じた。
(…馬鹿馬鹿しい。何を意識しているんだ、俺は)
蓮は、無理やり思考を打ち消そうとしたが、高鳴る鼓動は収まらない。
一方、凛もまた、冷静な表情を装いつつ、内心は穏やかではなかった。彼女が用意したのは、最新の科学雑誌と…そして、先日蓮が「可愛いな」と呟いた(ような気がした)実家の愛犬マックスの写真を使った、手作りの栞だった。ラミネート加工まで施し、リボンまで付けた、なかなかの力作だ。論理的に考えれば、誰に当たっても問題ない、汎用性の高いプレゼントのはずだ。だが、もし、日陰君に当たったら? あの手作りの栞を見て、彼はどう思うだろうか? 笑われるだろうか? それとも…? そんな考えが頭をよぎり、凛の頬が微かに熱くなる。彼女はまだ、美しいロングドレス姿のままだった。
そして、そんな二人を(主に物陰から)キラキラした目で見守っていたのが、キィである。
(よし! レンもリンも、すっごくドキドキしてる! プレゼント交換で、さらに二人の距離が近づくに違いない! そして、その後は…キィの用意した最高の舞台で、感動の告白タイムだ!)
キィの勘違いは、もはや暴走特急と化していた。彼女は、この日のために用意した『とっておきのプレゼント』(詳細は不明だが、触るとほんのり温かくなる機能付きかもしれない)を握りしめ、作戦の最終段階に思いを馳せていた。
「さあ、皆さん、プレゼントを回してください!」
司会の生徒の声と共に、音楽がスタートした。生徒たちは、隣の人からプレゼントを受け取り、次の人へ回していく。蓮は、自分のマグカップが隣の女子生徒に渡り、さらにその隣へと回っていくのを目で追いながら、なぜか落ち着かない気分だった。凛は、自分のプレゼントが回っていく先を気にしないように努めながらも、つい蓮の姿を探してしまう。
音楽が、突然止まった!
体育館に、一斉に歓声と、落胆のため息が上がる。蓮の手元には、少しだけ上品なラッピングが施された、明らかに凛が用意したであろうプレゼントが。恐る恐る包みを開ける。中には、やはり難解そうな科学雑誌。そして…例の手作り犬写真栞。栞には、雪の中ではしゃぐマックスの無邪気な姿と、凛の丁寧な手書き文字で「Merry Christmas」と小さく書かれている。
「……」
蓮は、栞を手に取り、しばし言葉を失った。なぜ犬の栞…しかも手作り…? 理解不能だ。だが、これをあの白峰凛が、自分のために? いや、偶然当たっただけだ。分かっている。それでも、この栞に込められた(かもしれない)彼女の手間と、もしかしたら少しの好意(?)を想像すると、心臓がドクンと大きく跳ねた。顔が熱くなるのを感じ、蓮は慌てて栞をポケットにしまった。その温かさが、ポケット越しに伝わってくるような気がした。
一方、凛の手元には、素気ないラッピングだが、どことなく温かみのあるプレゼントが。中を開けると、そこには―――凛が好きなゴールデンレトリバーによく似た犬の、少しぼーっとした表情が描かれた、温かみのあるマグカップが入っていた。
「……!」
凛は、思わず息を呑んだ。蓮からのプレゼントだと直感した。猫が好きだと思っていた(あるいは、何も考えていないと思っていた)彼が、なぜ犬のマグカップを? しかも、この気の抜けた表情の犬は、どこか彼本人に似ているような気もする…。凛は、カップをそっと両手で包み込んだ。じんわりと、温かいものが胸の奥に広がっていくのを感じる。
(もしかして、日陰君…私の好きなものを、覚えていてくれたの…?)
その可能性に思い至り、凛の頬は喜びと羞恥でバラ色に染まった。
そして、キィの用意した『とっておきのプレゼント』は―――当たった生徒が包みを開けると、中からキラキラと七色に光り輝き、さらにほんのり温かいスライム状の謎の物体が現れた! 受け取った生徒は、「うわっ! なんだこれ!? あったかい!? 生きてるの!?」とパニックを起こし、周囲は一時騒然となったのは言うまでもない。
プレゼント交換会も終わり、交流会は後片付けムードへ。生徒たちが体育館からそれぞれの教室へ戻っていく中、キィは最終作戦を決行した。
まず、蓮に近づき、「レン! ちょっと来て! 屋上に展示パネルの一部を置き忘れちゃったみたいなんだ! 一緒に取ってきてほしいな!」と、もっともらしい嘘をつく。蓮は「はぁ? なんで俺が…」と文句を言いつつも、(プレゼントの件で少し動揺していたせいか)結局キィに押し切られる形で屋上へ向かう。
次に、凛の元へ駆け寄り、目をキラキラさせながらこう言った。
「リン! 大変だよ! 屋上にね、すっごく綺麗な一番星が見えるんだって! クリスマスだから特別なんだって、誰かが言ってた! 早く行かないと見えなくなっちゃうかも!」
凛は「一番星…? こんな時間に?」と少し訝しんだが、キィのあまりにも嬉しそうな様子と、「クリスマスだから特別」という言葉、そして(蓮からもらったマグカップのことで少し浮かれていたせいか)つい「…そう? なら、少しだけ見てみましょうか」と応じてしまう。
何も知らない(そしてプレゼントのことで頭がいっぱいの)蓮と凛は、それぞれキィの言葉に従い、屋上へと向かった。
夕暮れの屋上。
冷たい冬の風が吹き抜け、空は美しい茜色から深い藍色へと移り変わろうとしている。眼下には、交流会の喧騒が遠ざかっていく学園と、イルミネーションが輝き始めた街並みが広がっていた。
屋上には、誰もいない。…はずだった。
「あれ? 白峰?」「日陰君? あなたもどうしてここに?」
二人は、屋上で鉢合わせし、互いに驚きの表情を浮かべる。そして、背後でガチャン!と重い音がしてドアがロックされたことに気づき、全てを悟った。
「「…また、あいつの仕業か…」」
同時にため息をつく。もはや、驚きよりも呆れの方が大きい。
しかし、今日の屋上は、いつもと少し様子が違った。
屋上の一角に、なぜか小さなテーブルと椅子が二脚用意され、その上には、湯気を立てる二つのマグカップ(よく見ると蓮がプレゼントした犬のマグカップと、凛が持っていたらしい猫のマグカップ!? なぜか用意されている)と、見るからに高級そうなチョコレートフォンデュセットが完璧な状態でセッティングされているのだ! しかも、チョコレートは絶妙な温度に温められ、イチゴやマシュマロ、バナナなどの具材も綺麗にカットされて並んでいる。
「…なんだ、これは…」
「チョコレートフォンデュ…? なぜ、私たちのマグカップまで…?」
あまりにも都合の良い、そしてロマンチック(?)すぎる状況に、二人は戸惑いを隠せない。もちろん、これもキィが石ころパワーと、周到な準備(?)で用意したものだ。
「…まあ、せっかくだし」
「…ええ、少し、体が冷えていましたしね」
結局、二人はその甘い罠(?)に抗えず、椅子に腰掛け、チョコレートフォンデュを楽しむことにした。熱々のチョコレートにフルーツを絡めて口に運ぶ。冷えた体に、濃厚な甘さと温かさがじんわりと染み渡っていく。
「…うまいな」
蓮が、思わず呟く。
「…そうね。美味しいわ」
凛も、素直に同意する。ドレス姿のまま、少し食べにくそうにしながらも、その表情は嬉しそうだ。
キラキラと輝くイルミネーション、遠くに聞こえる後夜祭の音楽、そして目の前には、少しだけ特別な相手。プレゼント交換でのドキドキがまだ冷めやらない。互いの気持ちは、確実に高まっている。今なら、言えるかもしれない。普段は絶対に言えない、素直な気持ちを。
蓮は、意を決して口を開こうとした。ポケットの中の、手作りの犬栞の温かさを(気のせいかもしれないが)感じながら。凛も、蓮から貰った犬のマグカップを両手で温めながら、何かを期待するように、蓮の顔をじっと見つめている。互いの視線が絡み合い、時間がゆっくりと流れる。夕闇が二人を優しく包み込み、世界にはまるで二人だけしかいないかのような感覚。
まさに、その瞬間! 告白まで、あと一歩という、その時!
「どう? どう? いい感じになった!? もうチューとかしちゃった!?」
物陰から、キィが満面の笑みで飛び出してきた! その手には、なぜかクリスマスには不釣り合いな、大きな赤いハートマークのクッションまで抱えている!
せっかくの甘酸っぱい空気は、キィの登場によって、木っ端微塵に砕け散った。
蓮と凛は、顔を見合わせ、そして本日何度目か分からない深いため息をつくと、同時にキィに向かって叫んだ。
「「やっぱりお前の仕業かーー!!」」
聖なる夜(には少し早いが)、イルミネーションが輝く屋上に、二人の盛大なツッコミと、キィの「えへへー! 大成功!」という、全く状況を理解していない能天気な笑い声が、いつまでも響き渡っていた。
結局、告白には至らなかった。だが、二人の心は、クリスマス・イブの奇跡(という名のキィの暴走)によって、これ以上ないほど互いを意識し、特別な感情で満たされていた。キィの勘違い大作戦は、ある意味、最高のクライマックスを迎えたのかもしれない―――二人にとっては、これ以上なく迷惑な形で。